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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第四部 落城 永遠への憧れ

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20 慟哭(1)

 マルテミアの産室に新たな結界が張られた。受ける衝撃が緩和され、ブランシスがホッとする。だが、その上方で城の結界がメリメリと破られている。産室に結界を張ったのはサリオネルトだ。魔導士の剣を使ってサリオネルトが張った結界は、そう簡単に破れるものではない。


「サリー、子どもは? 赤ん坊はどうしている?」

稲妻の後、赤ん坊の泣き声が聞こえない。ブランシスの問いにサリオネルトの答えはない。


 見るとサリオネルトは、この部屋に結界を張るのに使った魔導士の剣とは違う、()(がね)色に輝く剣の剣先を下に向けて持ち、表をブランシスに(かざ)して小声で何か唱えている。ブランシスに術を掛けている。


 それが終わるとマルテミアのベッドに向かい、マルテミアの顔を覗き込んだ。

「シス……マリは最後に見るのはわたしの笑顔がいいと言った。叶えてやれただろうか?」


 ブランシスの胸が詰まる。

「赤ん坊の顔を見てから、二人は見詰め合っていた。そして微笑み合っていた。マリは幸せに満たされたまま逝ったと、俺は思う」

「そうか……」


 次にサリオネルトは赤ん坊の穴の開いた胸を手で撫で始める。

「サリー、それは?」

結界を補強する必要がなくなったブランシスが赤ん坊を覗き込む。

「息を……していないよな?」


 赤ん坊を貫いた稲妻は、胸にぽっかりと穴を開けている。息をしているようには見えないし、泣き声ももちろん先ほどから消えている。

「サリー?」

ブランシスを無視して、サリオネルトは赤ん坊に開いた穴を撫で続ける。

「治癒術では死者を蘇らせられない」

聞こえていないと思いながらブランシスは言った。が、サリオネルトを止められるとは思っていない。


 生まれたばかりの子が殺されたのだ。判っていても助けようと躍起になるのも無理はない。ましてマルテミアを失ったばかりだ。それでも、いずれ止めなくてはならない。それもなるべく早く。早くこの城から出る算段をしなくてはならない。


 焦れる心を隠しながら、サリオネルトを盗み見る。赤ん坊の死体はできれば見たくない。と、サリオネルトが剣を赤ん坊の上に置いた。


「えっ?」

よくよく見ると、いつの間にか胸に()いた穴は塞がっている。しかもゆっくりと上下している……って、息がある?


「シス」

急に名を呼ばれ、飛び上がるほどブランシスは驚いた。

「先ほど、わたしはおまえに術を掛けた。必ず安全に南の魔女の城にたどり着ける術だ」

「サリー」


「魔女たちの時のように南の城側にジョゼシラの援護はない。が、おまえなら心配ないと思っている。赤ん坊を護り切れるか? どうだ?」

「飛んだ事も飛ばされたこともある。必ずサリーとマリの子を護って、南の城まで飛んでみせる」

ブランシスの返事にサリオネルトが微笑む。


 部屋が大きく揺れて城を守る結界が完全に崩壊した。サリオネルトが(てのひら)を下に向けて、何か言った。

「大地に加護を願った。これで当面、この建物が崩れる心配はない」


 ブランシスは何も言えない。自分よりはるかに偉大な魔導士だと、二人の従兄(いとこ)を尊敬していた。堅実で判断が早く、そして他者の良い面を見逃さず、素直に褒めてくれるビルセゼルト、いつも穏やかで優しい言葉で話し、けれど時々口にする皮肉はなんとも辛辣で、甘いだけではないサリオネルト。


 ギルドに行ってビルセゼルトを助けるか、西の城住みになってサリオネルトを助けるか、迷った末にサリオネルトを取った。ビルセゼルトには助けは要らないと思い、どこかに繊細さを感じていたサリオネルトの(そば)にいる事を選んだ。


 そのサリオネルトが、ブランシスには想像もできない神秘術を連発して使っている。ここまでこの従兄は偉大だったのかと、改めて畏敬の念を感じていた。


「誰か城に入り込んだね」

そう言ってサリオネルトが目を細める。


「ホビスとニア、それとあの魔女がドウカルネスか。それと、スナファルデ」

「スナファルデ?」


「たぶんね。見た事のない力の加護を受けている。それが悪魔なのかもしれない」

「……」


「もう一人いる。あれはビルセゼルトだ。わたしを探している。まぁ、わたしを探しているのはホビスたちも、なのだけど」

「ホビスを討ちますか? 親友だったはずなのに、サリーを裏切った」


 サリオネルトが微笑む。

「ホビスはわたしを助けてくれたんだよ。気付いていなかったのかい?」

「ホビスが? ホビスは北の陣営を指揮していたはずだ」


「そうだね、うまく誘導してこの三日、陣地や城の結界が崩れるのを防いでくれていた。ホビスがその気なら、お産で弱体化したマルテミアの結界なんか一発で崩せるよ。あぁ、でも、この事は()(やみ)に口にしないように。北の陣営に知られると、ホビスに危険が降りかかる」


 そしてニコリとした。

「ホビスがわたしを見つけてしまった」

「え?」

慌ててブランシスが身構える。


「うん、ホビスのすっ呆けは相変わらずだな。スナファルデさえ騙している。わたしに逃げろと目配せしたのに、魔女たちはともかく、スナファルデにさえ気取られていない」


 ブランシスが慣れない遠見をしてみると、四人の影と、それとは離れた場所に一人いる。

「向こうからはこちらが見えていないのですよね?」


「そうだね、見ようによっては見えるが、そう簡単には見えない。ビリーとダガンネジブの騙惑術は良く効いている。数多く、多種に渡って掛けてくれているから、解術に手間取っている。こちらには好都合だが、あちらには気の毒なことだ」


 クスクス笑うサリオネルトに、どう答えたものかブランシスが迷っていると、

「それでもいずれ術は解かれ、ここは見つかることだろう」

サリオネルトが改まってブランシスに向き合った。


「わたしはこれから大きな術を掛ける。良く聞いて、間違えずに従って欲しい」

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