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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第四部 落城 永遠への憧れ

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19 難産(3)

 あのサリオネルトを誰が連れ出せる? 事は西の城で起こる。それを見届け、自分の運命と向き合うと、そう覚悟を決めたサリオネルトを否定できるはずないじゃないか。何が起こるか判らない。それでも逃げずに向き合うと、サリオネルトが言ったんだ。


 俺はサリオネルトを尊重した。尊重はしたが感情は、今だって納得なんかしていない。納得はしていないが、最後まで諦めるな、そう言うのがやっとだったんだ。


 ジョゼシラは可愛い。愛しい。そしてやはり恋しい。守ってやりたいし、幸せでいて欲しいし、幸せにしてやりたい。


 だけどおまえはどうなんだろう? この状況で、俺を少しは慰めてやろうとか、そんなことは一切、思わないのか?


 球体を見上げると、暴風雨はまだ止んでいない。ビルセゼルトは溜息をつき、腕を組んで目を閉じる。


(時には誰かに慰められたいと思うのは、俺が弱いからなんだろう)

ならば俺は、どれほど強くならなくてはならない? こんなことを考えるのは疲れているからだろうか?


 気配を感じて視線を向けると、目の前のテーブルに誰かがカップを置いている。


「チョコレートです。よかったらどうぞ」

「リリミゾハギ、久しいな。加勢に来てくれていたのだね、ありがとう」

飲み物を出してくれたのは白金(しろがね)寮で一緒だった魔女だ。確か一学年下だ。


 遠慮なくいただくね……カップを受け取り口に含む。甘く温かい飲み物は心と身体に染み渡って、ひと時の癒しをくれた。


「ギルドの一大事ですもの。大して役には立てないけれど、居ても立ってもいられなくて」

「今はなにをしているんだった? 薬草の研究は今も続けていると聞いているよ」


「街の魔導士です。ポーションとかを市井の人々に売って、その代価を研究に宛てています」

少し恥じるような表情を見せる。


 街の魔導士や、薬売りを恥じることはないと言う替わりに、ビルセゼルトはリリミゾハギを褒めた。

「学会誌をカラネコイネ先生に見せて貰ったよ。頑張っているじゃないか。大したものだ」

うっすら頬が染まったところを見ると、リリミゾハギは嬉しく思ったようだ。


「ビルセゼルトさまはやっぱりお優しい」

「何を言い出すんだか」

苦笑するビルセゼルトを、リリミゾハギは静かに見詰める。

「街の魔導士を馬鹿にすることなく、反対に褒めて励ましてくださった」


「カラネコイネ先生にさんざん教え子の自慢話を聞かされてるからね」

戸惑うビルセゼルトに、リリミゾハギが再び笑顔を向ける。そして飲み干されたカップを手に取ると

「さぞかしお疲れの事でしょう。怖い顔をなさっていた。そんな時は暖かく甘い飲み物に限ります。では、これで」

そう言って、会釈すると姿を消した。


 なんだか不思議な感触で、ビルセゼルトの思考が暫し停止する。ふと我に返り球体を見上げると暴風雨が豪雨に代わっている。


 結界にぶち当たる雨粒が視界を遮っているのを見てホッとして、なぜホッとしたのだろうと思った。が、すぐにサリオネルトに意識が向いて、その疑問を熟考する暇はなかった。


 夏至の刻までもう間がない。


 西の城ではサリオネルトが陣地の結界を張り直し続けていた。すでに城住みの魔導士たちにも(ひま)を言い渡し、退城させている。勿論、応援の魔導士はビルセゼルトの指示で全て引き上げている。従うのは腹心の魔導士ブランシスただ一人……


 あとはマルテミアの産室に魔女が五人付き添っているが、その五人を退避させる手配も済んでいる。


「サリー」

ブランシスが従弟の気安さで話しかける。


「ここは俺に任せて、マルテミアさまの(もと)に行っても大丈夫なんじゃ?」

「うん……」

サリオネルトが少し迷う。


「それがね……さっきから、北の城に悪意を感じて、それが気になっているんだ」

「悪意? 俺には感知できないが」


「昨夜、突然感じ始めた。たぶん、他の誰でもない、わたし個人に向けた悪意だ。だからわたしにしか感知できないんじゃないかな?」

「昨夜? 北の城に、新たに誰か入ったのかな? それにしても誰がサリーに悪意を持つ? 思い当たる(ふし)でもあるのか?」

強い光を放つ呪文に、結界が砕けたところを補強しながらブランシスが問う。


「悪魔……ではない、な」

自分で言いながら、サリオネルトが自分で否定する。

「悪魔が動き出すのも確か夏至の刻」


「なんだよ、その悪魔って」

ブランシスがサリオネルトに視線を向けて問う。


「わたしにもよく判らない。おまえのモネシアネルほどの星見魔導士が調べても、学者ビルセゼルトが探っても、判らなかったことだ」

ブランシスが『おまえの』と言われて赤面する。愛し合ってはいるが、婚姻の約束はまだしていない。


(いにしえ)から存在する、人の怨みや憎しみ、そんなものを喰らうらしい。今回の災厄をもたらすのはその悪魔だと考えている」

「それが夏至に出現するということ?」


 それに答えずサリオネルトは、ブランシスを見て微笑む。

「それよりシスには頼みがあるんだ」

「俺に頼み? なんだろう、改まって」


 少しだけ手を止めてサリオネルトがブランシスを見詰める。

「シス、おまえを見込んでの頼みだ。もうすぐわたしの息子が生まれる。その息子を護って、おまえは南の魔女の城に行って欲しい」

「サリー? おまえはどうするつもりだ?」


「それは夏至が訪れなくては判らない」

「いや、サリー、この頼みは聞けない。おまえの子なんだ、おまえが護って南に行けばいい」

ブランシスが声を荒らげる。


「マリの事は気の毒だと思う。サリーがマリと離れたくないのも判る。だけど、前を向いて生きていくしかない」

正論を(まく)し立てるブランシスに、サリオネルトは穏やかな眼差しを向ける。


「うん、そうだね、シス。その時が来て、わたしの命が失われなくて済んだなら、おまえが息子を、わたしがマリを抱いて、一緒に南に(のが)れよう」

「サリー……」


 サリオネルトを見詰めるブランシス……この穏やかな従兄(いとこ)は、ひょっとしたらもう全てが判っていて、そして覚悟を決めているのではないか? そんな考えがブランシスの脳裏に浮かぶ。そのうえで、自分がいなくなってからを考え抜いて、そして選んだ。だとしたら、俺は願いを聞き届けるしかない。


「……判った、必ずサリーの子を護る。任せてくれ」

「ありがとう」

サリオネルトがニッコリする。


「シスの安全はわたしが保証するよ。シスにはわたしの息子を護って貰わなくてならないし、無事にモネシアネルに返さなければならないからね」

「モニーのことは言わないでよ」

照れたふりをして、そっぽを向いてブランシスが涙を拭う。と、その時――


 大気が大きく振動し、サリオネルトがピクリと動いた。

「あ……マルテミアに何かが起こった」


 夏至を迎えるこの日、太陽が中天に至るには、僅かに時が残っている。

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