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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第四部 落城 永遠への憧れ

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19 難産(2)

 南の魔女の居城ではビルセゼルトがジョゼシラの癇癪(かんしゃく)に手を焼いていた。


 何があったと問うジョゼシラにサリオネルトの話をしたのは、引き揚げてきた魔導士たちが集まっていた広間だ。それがなおさら良くなかった。ビルセゼルトの失策だ。近頃は癇癪を起すこともなくなっていて油断した。


「ビルセゼルトーーーー!」

いきなり名を叫ばれ、何事とジョゼシラを見れば、怒りが全身から火花となって(はじ)けている。しまったと思ったがもう遅い。


「それで? それで? おまえは何を考えてここに帰ってきた? え? なんで二人を置いてきた?」

ビルセゼルトにジリジリと詰め寄りながら、ジョゼシラの火花の中にはスパークが混じり始める。


「待て、落ち着け、話しを聞け」

両手を広げて(かざ)し、何とかジョゼシラを落ち着かせようとするビルセゼルトの顔は青い。


 周囲に集まっていた魔導士たちはわけが判らないまま、二人を遠巻きに様子を窺う。が、風が吹き始め、雨が降り始めると、察しのいい何人か(ビルセゼルトの卒業年度に王家の森魔導士学校の白金(しろがね)寮にいた者が多かった)が自分にかけた保護術を強化し、防衛幕を張り始める。するとほかの魔導士も慌ててそれを真似た。


 ジョゼシラはビルセゼルトを睨み付けたまま、じりじりと間合いを詰めてくる。ビルセゼルトはずるずると後退しながらジョゼシラの隙を伺う。が、なかなか攻めどころを見つけられない。見守る魔導士たちの輪も、それに伴い移動する。


 火花とスパークはさらに激しく(ほとばし)り、押さえつけようにも触れれば大やけどを負うだろう。取り敢えず、自分とジョゼシラを取り囲む結界を張って、周囲への被害と好奇の目に曝されるのを防ごうとするが、チッと舌打ちしてジョゼシラがそれを打ち消してしまう。しかも瞳からは赤い光を放ち始め、更に怒りを買ったようだ。


「いいから、落ち着け、話しを聞け」

「聞く話などあるか!」


 バン! と音を立てて稲妻がビルセゼルトを掠める。咄嗟に後ろを見ると、見物していた魔導士の防衛幕を破り、傷がついた結界に煙を立ち上らせている。中にいた魔導は青ざめて震えていた。


 怪我をさせなくて良かった、と安心するビルセゼルトに向かって、二発目の稲妻が走った。それをビルセゼルトは天井に弾き返す。砕けた天井がバラバラと落ちる中、『勘弁してくれよ』と、ビルセゼルトがいつもの愚痴を零す。


 それをジョゼシラは聞き逃さず、

「勘弁して貰いたいのはこちらだ! よくも自分の弟を見捨てて帰って来られたものだ!」

さらに稲妻を投げてくる。ジョゼシラの言葉がビルセゼルトの心に刺さり、その顔つきを変えたのに、ジョゼシラは気が付かない。


 ビルセゼルトは投げ付けられる稲妻を、(てのひら)で平然と受け止めてその場で消失させ始めた。周囲から『さすがビルセゼルト』と感嘆の声が聞こえる。


 稲妻を消され、さらにジョゼシラは怒りまくる。

「おのれ!」

と叫んだジョゼシラ、今までよりも激しい稲妻を立て続けに放ち始めた。瞳からは赤い光が筋となって放たれている。


 稲妻を一つ残らず回収しながらビルセゼルトは、『いったい俺は何をしているんだろう?』と、段々虚しくなってくる。弟を見捨てたと言われ、情けなさがこみ上げたが、それすらどうでもいいように思えてくる。


 ジョゼシラの癇癪はとうとう雷を伴った暴風雨と変わり、広間の壁という壁、床という床、そして天井と、あちらこちらが雷で砕け、破片が飛び散っている。ソファーやテーブルが大粒の雨を伴って宙を舞う中に、その破片が入り混じって滅茶苦茶だ。


 広間にいた魔導士の中には逃げ出した者もいたが、多くはその場に残り、共同で強力な結界を張り、保護幕を張り、ある者は目を見張り、ある者はニヤニヤと、見物を決め込んでいる。


『本当に』と、ビルセゼルトが思う。本当に俺は、ここで何をしているんだ? もう少しで訪れる夏至の刻を前に、弟の命が危ういというこの時に、なんでこんなわけの判らない女の相手をしているんだ? 虚しさが怒りへと変わっていく。


「ジョゼシラ、いい加減にしろ」

ビルセゼルトの声が怒気を帯びる。

「いい加減にするのはおまえだ!」

ジョゼシラはビルセゼルトの怒りに気が付いていない。


 バシッ! 衝撃音とともに、ジョゼシラの小柄な体が横に飛ばされる。翳していた(てのひら)を横に振って、ビルセゼルトがジョゼシラを打ったのだ。そのまま手をくるりと回し、ビルセゼルトがジョゼシラを球体に包み込むと宙に浮かせた。


 宙に浮かされたジョゼシラは呆気にとられ、ビルセゼルトを見る。初めてビルセゼルトに打たれた。瞬間、暴風雨が止まる。が、次にはジョゼシラの大泣きする声が広間に響き、球体の中に暴風雨が吹き荒れ始める。


「手荒な真似をさせるな」

ぽつりと言って、ビルセゼルトが再び手を振ると、ボロボロに荒れていた広間が元通りに修復され、調度品も収まるところに収まり、雨に濡れたものはからりと乾いた。ジョゼシラの声も聞こえない。球体の中に泣き声も閉じ込めたのだろう。


 物見を決め込んでいた魔導士たちも防衛幕を外し、結界を消失させている。こそこそと何やら囁き合っているが、無理もない。ビルセゼルトは気付かないふりをした。


 そして、ソファーに深々と腰を掛け、ジョゼシラを閉じ込めた球体を眺めた。今だけは癇癪を起して欲しくなかった。怒る気持ちも判る。


 だが……一番怒っているのはこの俺だ。

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