18 緒戦(2)
ダガンネジブはソラテラシラの従弟で、当然お互い顔を見知った仲だった。八つも年下の従弟だが、何度か遊び相手をしたこともある。が、齢の差はやがて二人を遠ざけ、ソラテラシラが南の統括魔女となるころには、親戚の集まりで顔を見る程度で、これと言った交流はなくなっていた。
それが魔導士ギルドで顔を合わせた時、ダガンネジブの変わりぶりに驚くこととなる。
魔導士学校では優秀で品行方正、非のつけどころがないと思われていたのに、卒業年度を迎えるとダガンネジブは自分の力の強さを鼻にかけ、教師の指示を無視することが多くなった。そして殆どの教師が匙を投げた。
教師を見下しているのだ、他の学生のことも当然見下し、頻繁に喧嘩沙汰を起こす。禁止されている酒類を寮に持ち込む。女学生を誘惑しては簡単に捨てる。
このままでは魔導士の品位を落とす、卒業させられないと、当時の魔導士学校長は激怒し、ギルドに裁量を求めてきた。
魔導士ギルドとしては、強力な魔導術を扱い、獲物が多岐に渡るダガンネジブを切り捨てるのは惜しい。それにダガンネジブは前の南の統括魔女の直系の孫、現南の魔女ソラテラシラの従弟にあたる。
簡単には切り捨てられないと、ダガンネジブに改心を求めるため本人をギルドに呼び出し、次回問題を起こせば力を取り上げると脅した。その呼出しは五回に及んでいる。
その五回目、とうとうギルドも諦めて、ダガンネジブを処分することにした。力を取り上げて記憶消失術を使ったのち市井に戻すと言うものだ。が、結論を下す直前、ソラテシラが言った。
「ダグ、あなた、わたしの夫になりなさい」
驚くのは魔導士ギルドの面々だ。
南の魔女ソラテシラは当時独身で、恋人は常にいるものの、いつの間にか相手が変わるという状態だった。そんな魔女は腐るほどいる。ソラテシラが珍しいわけではなかった。
そのソラテシラが結婚すると言い出したのだ。しかも問題ばかり起こす八つも下の男とだ。驚くなというほうが無理な話だ。そして夫になれと言われたダガンネジブは声も出さずに泣いている。
実はダガンネジブはギルドに呼び出された最初から、ソラテシラに送言し続けている。ずっと会いたかった。会えない日々がどれほど辛かったことか……
それをソラテシラは無視し続けた。けれど、その送言を拒むこともなかった。
男からの誘惑も、男を誘惑することも、慣れっこになっていたソラテシラにも、なぜ従弟の送言を拒否せず聞いているのかは判らなかった。
返事を寄越さないばかりか一度も視線を向けてくれないソラテシラに、諦めることなくダガンネジブは心を送り続けた。幼い頃からあなたに憧れ、あなただけを思ってきた。あなた以外は何もいらない。あなたが受け止めてくれるなら、僕は持てる力をあなたのためだけに使う。ねぇ、僕を見て。僕に顔を見せて。
ギルドで詰問を受けながら、そちらに答えることもなくダガンネジブはソラテシラに思いを訴え続けていた。あなたの顔を見たいがゆえに、僕はまた問題を起こすだろう――
そして五回目の呼び出し、記憶消失術を掛けるとギルドが言いだした時、ダガンネジブはソラテシラに懇願している。お願い、ほかの記憶はどうでもいい。あなたの記憶を消されるのだけはイヤだ。どうか助けて!
悲鳴のようなその言葉に思わずソラテシラは立ち上がった。
「あなた、わたしの夫になりなさい」
多岐に渡る得手と力の強さ、まして滅多にいない影を扱える魔導士を、市井に戻すのは宝を捨てるようなもの……ソラテシラの言い分は尤もだ。が、何も夫にしなくてもよいではないか。そんな疑問にソラテシラはこう答えた。
「黒髪に黒い瞳。あの美しい顔が気に入りました」
そこに嘘はない。が、ダガンネジブの情熱に心が動かされたとは言わなかった。その情熱を味わい、手元に置いておきたいと思ったのだとは言わなかった。誰かに教えてしまったら、愛の囁きは価値を損なうと感じた。
反対する者も多かったが、処分保留のまま魔導士学校に戻されたダガンネジブが元通りの品行方正な学生に戻れば、反対する理由もなくなる。もともと力も技も知識もずば抜けているのだから優秀な魔導士となる事に間違いない。
そんなダガンネジブをギルドに招く声もあったが、ソラテシラのためにしか力を使いたくないと、卒業後、すぐに婚姻の誓いを立てて、南の城に入ってしまった。それ以来、ダガンネジブが術を使うのを見た事があるのはたぶんソラテシラだけだろう。
ソラテシラもダガンネジブ以外と情を交わすこともなくなり、やがてジョゼシラが二人の間に生まれる。ジョゼシラは容姿を母親から、力を父親から受け継いでいた――
ソラテラシラが夫との記憶を思い浮かべていたころ、南の魔女の居城で、やはりダガンネジブの保護術をジョゼシラが感知していた。
「父上が保護術を使った……」
隣でビルセゼルトが問う。
「今の保護術は義父上の仕業か?」
「うん、間違いない。署名付きだ」
ビルセゼルトが目を凝らして読めば、確かにダガンネジブの痕跡が残っている。
「まぁ、影が扱える魔導士は他にいないしな……しかし、やはり義父上はすごい魔導士だ。俺は足元にも及ばない」
「うーん、ビリーが足元に及ぶか及ばないかは判らないけれど、母上が父上の術はすごいのよ、というのは本当のようだな」
「義母上と義父上は仲がいいようだね」
ついビルセゼルトが笑みを浮かべる。
「結婚の切っ掛けは、父上が母上を口説いたことらしい。不祥事を起こしてギルドで絞られながら、父上は口説き文句を送言し続けたそうだ」
「なんだか、面白そうな話だ」
「で、仕方ないから母上は父上と結婚した。それからは父上の若さに翻弄されて父上がいないと生きていけないとまで思うようになったと母上は言っていた」
「父上の若さって?」
「父上は母上より八つ下だ。父上が十八の時、二人は結婚したが、十八の情熱と体力って凄いのよって母上――」
「あー、もういい、その話は終わろう」
ソラテシラには叶わない、娘相手にそんな話をよくできるものだ。そしてジョゼシラの鈍感さにもかなわない、ソラテシラが言った意味をきっと本当には理解していないだろう。
ビルセゼルトは苦笑するしかない。そして少しばかり緩んだ緊張感に救われてもいた。




