17 迷走(4)
東の魔女の居城では、城の最上階・本塔の見晴らし台で統括魔女ソラテシラが東の地平を見詰めていた。煌めく星々は影を潜め、薄明が広がっていく。そして、とうとう一条の光が差し込めた。
「守りを固め攻撃に備えよ。武術魔導士は攻撃の準備を始め、命令を待て」
日の出とともに魔導士ギルド総本拠に最終通知書が掲示され、すべての魔女・魔導士にギルドの姿勢が通知された。同時に北の魔女の許にも通知書が届く。
「開戦か……」
ホヴァセンシルが呟く。戦闘用のローブ、そして魔導士の剣に杖……魔導士学校の入寮期限の通知に、返答が届くのは今日と踏んで準備に怠りはない。
南の魔女ジョゼシラもやはり日の出を城の塔で待っていた。意識は西の魔女の居城に向けている。ビルセゼルトから、こちらから攻撃を仕掛けるのは西の魔女の城の結界が崩壊してから、と指示されている。そしてその時は、魔導士たちを西の城に乗り込ませろとも言われていた。
統括魔女の居城の結界が、そう簡単に破れるとは思えない。だが、寸刻前、西の魔女マルテミアの陣痛が始まったと通知があった。西の保護術は全体的に、急激に衰えている。サリオネルトがすぐに強化し、表面的には以前より強くなったように見えている。が、土台となる魔女の結界が弱まっている。油断できない。
ジョゼシラは塔の最上階に遠見術に強い魔導士を配備し、西の監視を怠るな、と命じていた。
魔導士ギルドの長ビルセゼルトは、その執務室で、北の魔女からの宣戦布告を待っていた。日の出とともに、こちらの交戦の意思は伝えてある。これで北の魔女からの宣戦布告と開戦日時と場所の通知で戦争が始まる。いきなり攻撃されるとは考えていなかった。
相手はホヴァセンシルだ。まして告発状をギルドに突き付けた時の様子から、慣例に反する行為をすることはないと考えている。
魔導士学校ではギルドの通知書を受け、教職員が緊張に包まれていた。両陣営から魔導士学校の安全は保証されているとはいえ、不測の事態がないとは言い切れない。
かねてからの校長の指示に従い、今日の休講を全寮に通知するとともに、朝食後は全学生が食堂にて待機するよう指示を出した。だが、学生たちが起きだす時刻には、まだ達していない。
ジリジリと時間が過ぎる中、ホヴァセンシルが立ち上がり居室から出ていく。それにジャグジニアが従う。
塔の最上階に姿を現すと、四方に意識を巡らせ、北の陣地の守りを確認する。滞りのないことを見定めると、次には塔から城を一望した。城に詰めた者たちにはギルドからの通知をすでに報せてある。みな、命じられた配置に付き、ホヴァセンシルの指示を待っている。
横に立つジャグジニアに視線を向けると、ホヴァセンシルに寄り添ってきた。そして二人は視線を合わせ、頷きあう。ジャグジニアが身体を離すと、ホヴァセンシルの声が北の魔女の居城中に響き渡った。
「開戦はホオジロの刻。西の魔女の居城に攻め込む。なんとしても結界を破り、城の内部に潜入可能としろ」
おーーーー、と歓声が上がり、城全体がどよめいた。そして開戦に備えて、魔導士たちがひしめき合う。みな、示顕王が災厄を招くと信じ、妥当サリオネルトに燃えている。
「ギルドに通知を」
ジャグジニアが傍にいた魔女に命じた。
開戦はホオジロの刻。西の魔女の居城に攻め込む。北の魔女からの開戦通知はギルド総本拠から、西東南の魔女に伝えられ、全魔導士に通知された。
ホオジロの刻と聞いて、魔導士学校の朝食が終わる時刻だと、ビルセゼルトは最初に思った。予想通りの時刻だった。読みが当たっていれば、北の陣営は西の陣地の結界を破ったあとは陣地には目もくれず、西の魔女の居城を狙う。
市井の人々や、ドラゴンのコロニーに被害を出すことをホヴァセンシルなら避けるはずだ。あくまで魔導士界の内輪揉め、だから陣地内に攻撃を仕掛けることはない。
もちろん、読みが外れ、陣地の結界や保護術を解術して、街に魔導士を送り込んで来ないとは限らない。それに備え、攻撃術の強い者を少数だが選んで配置している。たとえば魔導士ダガンネジブ。
ダガンネジブは東の魔女ソラテシラの夫だが、ギルドの部隊に加わると意思表示してきた。それを迷わずビルセゼルトは西へ、と依頼した。
西小ギルドの本拠にはサリオネルトも顔を見せ、ダガンネジブに挨拶している。妖幻の魔導士と渾名された魔導士を、一目見てみたかったのもあるかも知れない。
その時の様子をサリオネルトはビルセゼルトにこう話している。
目が合った途端、身体が動かせなくなった。睨み付けられて視線を外せなくなった。あの眼差しは他では見たことがない。黒い瞳など珍しくもないがあの人は特別だ。魂が吸い取られる感覚を味わった。
「だが……ダガンネジブが術を掛けたわけではなく、見る者の心が生み出した幻想だ。だから妖幻の魔導士などと呼ばれたのだろう」
あの人は『一人の女に命をかけたおまえは、俺と同じだ』と、わたしを助けるのに骨惜しみしないと言ってくれた――




