17 迷走(3)
やらなければならないことが多ければ多いほど、時が行くのは早い。すでに開戦は明日に迫っている。明日の夜明けとともに、魔導士ギルドは開戦の意思を示した通知書を魔導士ギルドに掲示して全魔導士に知らしめ、同時に北の魔女に返答すると決めていた。
ギルドが最初の通達文を出した同じ日、魔導士学校三校連名で『学生の安全を保証する声明と要請』が発表され、ギルドに掲示されるとともに北の魔女の居城にも送り届けられた。
戦争が起こることになった場合、親の陣営に関わらず魔導士学校は学生の安全を保証する。それに伴い両陣営に対し、学校の立場を認め、学校を戦渦に巻き込まないよう要請する……この要請は魔導士ギルド、北の魔女両名ともに承諾され、一度は子を手元に戻した親からも再度魔導士学校に受け入れを願う者が殺到した。
魔導士学校は翌日、全生徒の親元に、安全策構築のため退寮もしくは再入寮できる期間をその日から三日とする、と連絡している。
ビルセゼルトとしては三日という期限を示したくはなかったが安全を考えると、いつまでもだらだらと受け入れるわけにはいかない。ホヴァセンシルに開戦は告発状受け取りから五日後と気が付かれることを承知の上で明示するしかなかった。
ギルドが掲示する最終通知書はもう決まっていた。
『示顕王は災厄を鎮める存在であり、罪人に非ず。よって北の魔女の要求は受け入れ難し』
ギルドに集まった魔導士は高位の者が多く、武力で北に負けることはないと見込まれた。
だが、北の魔女の陣地と比べ、ギルド側は南東西を守らねばならず、北が攻め込むと明言している西にばかり兵力を割くこともでき兼ねた。
軍の配置を一任されたビルセゼルトとしては全て西に置きたいところだが、同時に兵力のぶつかり合いで被害を大きくしないためにも、敢えて西に保護術に強い魔女・魔導士を配置し、攻撃術に強い者を南と東に配置した。配置についてはサリオネルトと討議し、合意を得ている。
あとは夜明けを待つだけだった。それが、夜明けまであと僅かというときに、西の陣地に配置した伝令がギルドに駆け込んでくる。
すでにビルセゼルトも戦闘用のローブを身に纏い、腰には魔導士の剣を下げ、傍らに魔導士の杖を置いている。
「何があった?」
息を切らした伝令に静かに問いかける。
「それが、いきなり西の結界が弱まりました」
「そうか……」
マリが産気づいたのかもしれない、そう思った。ならば、サリオネルトが強化できるはずだ。
「しばらく様子を見て、再生されない場合はサリオネルトに指示を仰ぐように」
ギルドの火のルートは西南東のみ開通し、あとは閉ざしている。北の居城へのルートは通知書を送る時、文書のみ通るルートを開く予定だ。通知書を送り次第、再度封鎖する。
今度はルート番が駆け込んできた。
「マルテミアさまの陣痛が始まったとのことです」
やはりそうか。ルート番に会釈し、ビルセゼルトは腕を組む。それにしても……星見によると、出産は二日後だ。もう陣痛とは、早すぎはしないか? 夏至を待たずに生まれるのだろうか?
これで西の保護術は一気に弱まる。要の統括魔女が力を充分には発揮できなくなった。こうなったらお産が早く終わることを願うだけだ。
そのころ、西の魔女の居城では、塔の最上階・星見のテラスでサリオネルトが、側近の星見魔導士に意見を求めていた。
「どれくらいの被害が出ると見る?」
「言いづらいことですが、西の城はお諦めください」
「そうか……陣地内の市井の人々に被害は出るか?」
「星はこの戦渦における市井の人々については何も語っておりません。被害はないか、あっても自然災害の枠を出ないものと思われます」
「魔女・魔導士については?」
「魔女が一人、命を落とします。魔導士については、今はまだ語るときに至っておりません」
「魔女が誰かは?」
「魔導士について語れる時が来れば申せます」
「いつ、語れる時が来る?」
「夏至の日の前夜と、推量します」
「そうか、明日の晩か……」
と言ったサリオネルトが不意に顔を上げる。異変に気が付いたのだ。
「マルテミアが産気づいた」
「もう、でございますか?」
星見魔導士が動揺する。
「出産は夏至の日。出産に足掛け三日とは」
「ご苦労だった。何か動きがあれば、いつでも呼んでほしい」
星見魔導士をテラスに残し、サリオネルトはマルテミアの産室に向かった。途中で、城の守りを再強化することも忘れていない。
マルテミアの産室では魔女たちが右往左往していた。
「様子はどうかな?」
「これはサリオネルトさま。陣痛は始まりましたが、まだ間が長い。出産まではまだまだ掛かると見ております」
そうか、と頷いて、マルテミアに近寄る。するとマルテミアが嬉しそうな顔をしてサリオネルト見た。
「サリー、忙しいのに来てくれたのね」
「うん、本当はずっと一緒にいたいけど、済まない。そうも言ってられない」
「それよりも、結界は大丈夫? 陣痛の合間に強化しようとしているんだけど、うまくいっているかどうか」
「今はそんなこと、気にしないくていい。無事に産むことだけ考えて……マリができないことはわたしがなんとでもする。そのための夫だ」
マルテミアの頬に触れ、『判ったね』と念を押す。頷くマルテミアに名残惜しそうな視線を向けると、
「後は頼む。何かあればすぐ連絡を」
産室に詰める魔女たちに言いおいて、サリオネルトは居室に向かった。
夜明けは近い。戦闘の準備を始めなければならない。




