17 迷走(2)
北の魔女の告発状を作成したのはホヴァセンシルだ。その点でビルセゼルトとサリオネルトの意見は一致していた。
「マリの罪状はわたしとの結婚とも取れる。冒頭にあるね」
「だけど子どもの罪状はどこにもない」
「しかし引き渡しを望んでいる。保護するつもりなのか、罰するつもりなのか?」
「告発状の流れから行くと、最低でも一生幽閉しそうだ」
「有効なのは記された文言だけ。誓紙に行間を読むというのはない」
と、ここでサリオネルトが、『ひょっとして』と呟く。
「告発状を受け取ったことで、我々がしなくてはならなくなったことは何だ?」
「軍備の増強だが?」
「そうじゃなくて。ビリー、おまえ、自分で通知書に書いていたじゃないか」
「期限までに告発状に返答する?」
「いや、それも違う。『示顕王が何者であるかを見極め』と書いたのを忘れてしまったかい?」
「あぁ、書いたが、それがどうかした?」
「ホビスがわたしたちにさせたいのはそれなんじゃないかな?」
「示顕王は災厄を鎮めるために現れる、と判っているじゃないか」
「具体的には? どうやって災いを鎮める? そして示顕王の力はどれほどで、その力をどう発現するんだ? 判っていないことばかりだ」
「判っていないんじゃなくて、夏至の日まで判らない、だ」
ビルセゼルトが断じる。
「それを見極める、って確かに通知書には書いたが、うーーん、今のところは夏至の日に、としか言えない。今から調べるにしても時間がなさすぎる」
「示顕王がどんな力を有し、それをどう発現し、どう災厄を鎮めるか、それを説明できれば、ジャグジニアの不安も解ける。なんとかならないか?」
「ジャグジニアの不安がたとえ解けても、誓紙は発効されている。おまえを処刑しない限り、北は西に攻め入る」
「が、終戦の理由もできる」
サリオネルトの言葉に
「あ……」
ビルセゼルトが反応する。
「ホビスは『狙いは西だ』と言った。西は諦めろ、という意味か?」
「戦渦は必ず起こる。だが、そうなってもすぐに終戦に持ち込め、という意味かも知れないね」
サリオネルトも同意する。
「しまったな」
ビルセゼルトが舌打ちした。
「だとしたら、開戦は遅いほうがいい。示顕王が成立してからのほうが検証も説明もしやすかった」
「それはホビスが許さないよ。八日、つまり夏至の翌日まで待てといったら拒否した。それまでに返事を寄越せという事だ」
「あぁ、そう言えば校長室に寄越した暗号に『戦争は免れない』とあった」
「ついでに言えば、ギルドの決定を覆すのは今さら無理だよ。ホヴァセンシルの思惑を考えたら、なんて理由で再招集はかけられないね」
「そうだな。開戦は夏至の三日前……示顕王成立まで、極力被害が出ないように手配するしかない」
「夏至の日以前に示顕王を解明できれば、その分早く終戦に持ち込めるかもしれない」
「示顕王の解明は学者としても興味深いが、その余裕はないと思ったほうがいい」
「では三日で戦争を終わらせるしかないね。被害を最小限に」
「それにしてもなぜ戦争なんてホビスは考え着いたんだろう」
ビルセゼルトの疑問に、サリオネルトが答え掛けて口をつぐんだ。
「何か思いあたることがあるようだ。サリー、この際言っておいたほうがいいと思うぞ」
「うん……まぁ、勝手な憶測だけれど」
サリオネルトが前置きする。
「ニアのためじゃないかな? ニアがサリオネルトを殺してと、ホビスに強請ったんだと思う」
「ニアが? なぜニアがおまえを?」
「うーーん……わたしが示顕王だと知って、騙されたと思ったのかもしれないし、示顕王自体を恐れたのかもしれない」
どちらにしろニアが言いださない限り、ホビスがわたしを殺そうと思うなんて考えられない。
「北の魔女の城に隠された何か、ニアがそれに唆されたって事も考えられる」
サリオネルトが続ける。
「ゾヒルデナスはわたしとマリを妬み、恨んだのではないだろうか?」
ゾヒルデナスは北の魔女になるにあたり、恋人だったスナファルデとの仲をギルドに引き裂かれている。
スナファルデはゾヒルデナスより二つ年下、ゾヒルデナスが北の統括魔女となると決まった時は、まだ学生だった。そして統括魔女の夫となるには力不足とギルドは判断した。
ギルドの決定に従う誓約は、魔女を含む魔導士全員に課せられている。魔導士学校に入学するとき誓約は行われ、もし反すれば消失されようとかまわない、そんな内容だ。
誓約に縛られた二人は泣く泣く別離を受け入れる。力不足と言われたスナファルデはギルドを見返してやろうと研鑚を積み、やがて頭角を現しギルド長となった。
数年後、マルテミアとサリオネルトの問題が起きる。自分たちが果たせなかったギルドへの反抗、それを成し遂げようとする二人、マルテミアとサリオネルトの婚姻をギルドが認めるなど、なんとしてでも阻止したかった。スナファルデの心の中に、権力とは別の目的もあったのではなかろうか?
ゾヒルデナスにしても、引退すると言い出したのはマルテミアが西の魔女と決められる直前で、サリオネルトが『命を懸けて』と言った直後だ。自分たちになかった勇気、自分たちができなかった決断、それが大きくゾヒルデナスとスナファルデを揺さぶっても可怪しくない。
ギルドは結局マルテミアとサリオネルトの結婚を許し、それもまたスナファルデとゾヒルデナスにとっては不愉快だった。
サリオネルト誘拐はスナファルデの独断で行われていると考えたほうがいい。スナファルデがそんな事件を起こすとは、ゾヒルデナスは思いもしなかっただろう。そしてスナファルデは、失敗するとは思っていなかったはずだ。消失術でサリオネルトを消せば、すべての人の記憶からサリオネルトは消える。うまくいくはずだった。
けれど、企ては頓挫し、ギルドから罪人として追われることになる。逃げ込む場所はゾヒルデナスのところしか思い浮かばなかった。スナファルデにしてみれば、すべてゾヒルデナスに起因していた。
匿ってくれと言われ、ゾヒルデナスは苦悩した。サリオネルトたちを快く思っていないとはいえ、罰したいとまでは思っていなかった。だが心情的に、スナファルデをギルドに突き出すこともできない。
スナファルデの訪れを受け、ゾヒルデナスは統括魔女の座を降りなければよかったと後悔したことだろう。魔女の居城ほど匿うのに適した場所はない。だが、時は取り戻せない。
さらにスナファルデが罪人であることはゾヒルデナスを苦しめた。罪のないサリオネルトを狡猾な手段を使って消そうとしたスナファルデを、魔女の誇りが許さなかった。
「きっとゾヒルデナスはスナファルデを誰にも見付けられない牢に一生幽閉すると決め、そこに結界を張った……殺すこともできず、かと言って生かすこともできない。ホビスが感じた違和感は結界の存在なんだと思うよ。あるはずのない結界が存在する、それを感知していたんじゃないかな」
「殺すこともできず、生かすこともできない。その上、隠し続けたい。そんな存在を城の外にも出せず、ゾヒルデナスはジャグジニアに託したか。ジャグジニアは匿われているのがスナファルデだと知っていたんだろうか?」
そしてビルセゼルトは溜息をつく。
「人の怨み辛み憎しみ……スナファルデは正しく悪魔になったんだな」




