16 夫婦(1)
魔女の力が強ければ強いほど、その夫は早死にする……と、言うのは、なまじ間違いではないかもしれない。
あれほど疲れていたのに、結局その気にさせられ、夢中になり、ジョゼシラが立て続けに落雷を呼んでも達することができず、やっと終わらせた頃にはジョゼシラのすすり泣きが齎した霧雨が部屋中をびしょ濡れにしていた。
落雷が始まったとき、結界を張り忘れていた事に気が付いた。城中に知れ渡ることになるが、『それがどうした、もういいや、それどころじゃない』と開き直る。そして初めてすすり泣くジョゼシラを見、霧雨を呼ぶことを知った。それから魂が抜けていくような感覚の中、深い眠りに落ちた。
ハッと気が付いて時刻を確認すると、思ったより過ごしていないと知ってビルセゼルトはホッとする。魔導士学校の消灯時刻だ。眠っていた時間が短い割にはすっきりしている。深く眠れたのだろう。
身体を密着させたままジョゼシラは眠っている。もう一度、と頭を過ったが、また今度、と入れ替え、ジョゼシラを起こさないよう身体を離して身支度した。
ビショビショな部屋を見渡すと、ところどころに落雷の焦げ跡があり、結界の破れも見える。手を翳せば、一瞬で元通りに修復される。見落としがないか確認し、ビルセゼルトは魔導士ギルドに帰って行った。
途中、ルート番に、もうお帰りですか、と訊かれ、バツの悪い思いをしたが、それはおくびにも出さず、『うん』と頷くだけにした。ところが……
南の城のルートから入り、ギルドのルートを出る。もちろんルート番が出迎える。すると、いつもなら、お帰りなさいませ、と出迎えられるのに、
「あ、これは、お疲れさまです」
と言われ、思わずルート番の顔を見た。
「あ……」
ルート番は慌てて目を伏せ
「サリオネルトさまが執務室でお待ちです」
と言い添える。
さては南の城のルート番、サリオネルトが来たと伝えてくれと言われ、伝えられないと答えるときに余計なことまで口にしたようだ。
「読みが当たった」
執務室で待っていたサリオネルトがクスッと笑う。
「大して待たずに会えると思っていたよ」
「ふん、南のルート番、帰ったら説教だな」
そう言いながら、グラスを宙より取り出し、水を注ぐ。さらに中に氷を出現させて、咽喉を潤す。
「んー、それは可哀想と言うもの。わたしが掛けたカマに、引っかかっただけだ」
「ではサリー、おまえに説教するか?」
「それにしても早かったな。霧雨と聞いてから、いくらも経っていない」
「それは変だな。確かに時間が思ったよりも経っていないと感じたが、少しは眠ったはずなんだ。かなり疲れが取れている」
すると、サリオネルトが笑った。
「きっとジョゼが『魔女の報酬』を使ったんだよ」
あ……とビルセゼルトが黙る。
そう言えば隣でビルセゼルトが目覚めれば必ず気が付くジョゼシラが、微動だにせず眠ったままだった。快楽の対価として、魔女が相手の男にエネルギーを移譲する、きっとジョゼシラはそのためにビルセゼルトを誘ったんだ。
ほかにも方法はあるのにとビルセゼルトは呆れたが、ジョゼシラにとっては一挙両得か。
「頑張ったかいがあったね」
サリオネルトの言葉がビルセゼルトには『諦めろ』と聞こえた。
そんなビルセゼルトを眺めながら
「ジョゼは教育係を追い越したかも? 今日の会議もうまく進めた。大したもんだよ。力も増しているようだし、将来は母親のソラテシラを上回る大魔女になりそうだね」
サリオネルトが真面目な顔をする。
「ふん、わざわざジョゼを褒めるために来たわけじゃなかろう。用件は?」
「そうそう、久しぶりに校庭を歩いてみたくなってね。この時間じゃ校長の許可が必要かな、と」
「なるほど、では出かけよう」
二人で執務室を後にする。誰にも聞かれたくない話があるから校長室に行こう、とサリオネルトは言いたいのだと、ビルセゼルトは瞬時に理解していた。
「マリの様子は?」
「順調、順調。魔女を五人つけてある。五人中二人は経産婦だ。しかも五人中三人は癒術魔導士、何かあればわたしがいるよりよっぽど心強い」
「確かに。男じゃお産の役には立ちそうもない。邪魔にされるのがせいぜいだ」
「ジョゼは子どもについて何も言わない?」
「何にも言わないね。苦手なのかも。その前段階は大好きみたいだけど」
ビルセゼルトが不貞腐れて言うのを、『おいおい』と、サリオネルトが窘める。
「ジョゼはおまえが思うより、ずっと繊細だとわたしは見ているよ」
「繊細? 俺から見るとジョゼから一番遠い言葉に聞こえる」
「ふぅん、ビリーは自分の妻を他人には悪く言うタイプか」
サリオネルトが笑うと
「放っておけ」
ビルセゼルトも笑った。
魔導士学校への出入り口で門番に、夜明けまでには戻ると言いおいて、学校に繋がる結界を通り抜ける。続いて通り抜けたサリオネルトが学校側の門番に聞こえないくらい遠ざかってから
「緩すぎはしないか?」
と心配するが
「有事にはすぐさま強化するよ」
とビルセゼルトは答えた。
「校長室ではなく、俺の居室に行こう」
「おや、校長室の防聴術は欠損でもできたかい?」
「ここのところ出入りが激しい。居室のほうが安心だ」
「なるほど。ついでに校庭も抜けられる。丁度いいね」
「本当に校庭を歩きたかったのか?」
「それもいいな、と思っただけ。流石にわたしもそんな事態ではないと理解している」
サリオネルトが苦笑した。




