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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第三部 宣戦布告 苦悩の果て

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15 決断(4)

「先ほど休校との意見もあったが、休校はしない。魔導士学校の安全は保証されなくてはならない。ギルドにも北の魔女にもそれは申し入れる。少なくとも魔導士ギルドは全力で魔導士学校三校の安全を保証する」


「なるほど、あなたは学校長であると同時に魔導士ギルドの長でもある。でもギルドが必ずしもあなたの思い通りに動くとは限らないのでは?」

レギリンス先生は考えが甘いとでも言いたそうだ。


「その場合は、強権を発動してでも従って貰います」

ビルセゼルドが言いきった。

「魔導士ギルドには魔女もすべて登録されている。強権が発動されればギルドに宣戦布告した北の陣営以外は拒否できない」


「ビルセゼルト、おまえ、その意味が判って言っているのだよね?」

魔導薬学のカラネコイネがかつての教え子に諭すように話しかける。


 ギルド長として強権を発動させれば、多くを従わせることができる。が、事の終息を見た時、強権を発動したことで損害が出ていれば、その責を一身に負わなくてはならない。消失刑もあり得る話だ。


「もちろんです。どんなリスクを負っても学生は守らなくてはなりません」

(しばら)く誰も何も言わなかった。


「それでは」

やっと口を開いたのはレギリンス先生だった。

「それでは、魔導士学校は中立であると、広く魔導界に知らしめなくてはなりませんね」

反対意見はなかった。


 では、三校での共同声明とするよう事務方で相談して事を進めるように、ビルセゼルトはそう言いおいて、魔導士ギルドに向かうべく、学校を後にした。


 ギルドでは多くの魔導士が(せわ)しなく行き来し、情報の収集に勤しんでいた。魔導士部隊の再編成に向けての準備がその大半だ。


 それとは別に東西南北の各陣地の、散在する魔導士の住処・街の魔導士の存在・魔導士不在の街の把握、特に西の陣地については万が一を考えて食料の保有状況まで調べ上げていた。


 火のルート番もいつになく忙しく、止めどなく流れてくる情報を担当の魔導士へ伝えるため走り回っている。


 ビルセゼルトは各部門の責任者をそっと呼び、できるだけ休憩を取らせるよう指示すると、自分の執務室に入った。


 明日の朝には魔導士ギルドとして、全魔導士に対して通知文を発行すると緊急会議で決めた。その原文を作り、推敲、校閲に掛けて完成させる。それを魔導士ギルドに掲示すれば、瞬時にすべての魔導士に通達される。


 北の魔女を責めることなく、魔導士ギルドの立場を明確にし、尚且(なおか)つすでに結論が出ていることを隠す。


 そして通知を受ける魔導士たちに選択することを強要しない上で選択を促す。相反することを矛盾なく取り込まなくてなくてはならない。


 さらにその中に、示顕王に関して正しい解釈を織り込みたい。それも、北の魔女を否定することなくやり遂げる。


 たとえ文章だとしても魔導士は嘘を付けない。真実のみを述べ、そして目的を果たすにはどうしたらいい?


 ビルセゼルトは熟考の末、無帰結の技巧を使うことにした。現状とそこから何を導かなければならないかを提示し、だが結論に結びつくことは語らない。さらに結論を北の魔女との期限までに再通知するとして、魔導士ギルドが結論を出し兼ねているように見せかけた。無論、ホヴァセンシルが見抜かないわけはないと判っている。


 だが、告白状を受け取った際に取り決めた期限まで、あるいはギルドが返答するまで、あちらから宣戦布告はできない。ビルセゼルトの通知書に『開戦する』との意思表示はない。


 書き上げて、読み直す。そして普段なら自分で足を運ぶことのない文書課へと持参する。ギルド長の訪れに驚いた魔導士が(ひざまず)く。

「すまないが、至急の推敲(すいこう)を。明日の朝には正式な通達としたい」


 終わったら執務室に持ってきて欲しい。わたしが在室していなかったら、権利者をわたしに限定し、密書の呪文を掛けて机に乗せておいてくれ。そう言ってビルセゼルトはギルドのルートに向かった。


 身体が重く、そのくせ頭は冴え渡っている。移動術を使うのも、自分の足で歩くのも辛かった。ただ、歩けば時間が掛かる分、休めるような気がした。できれば魔導士学校の自室に戻り、すぐにでも横になりたい。


 しかしジョゼシラとの約束があり、周囲の魔導士が走り回っているのを見れば、自分だけ休むのは気が引けた。仮眠を取るにしても、南の魔女の依頼を(こな)してからだ。


 ルート番に『南の魔女の居城』と告げる。

「保護呪文に不備がないか点検に行く。なるべく早く戻る」


 南の魔女の居城につくと、まず城を巡り、ジョゼシラの依頼を終わらせる。相変わらず完璧だ、と感心せずにいられない出来栄えだった。


 途中、いつもはいないはずの場所に城仕えの魔導士が立っているので何事かと思えば、ビルセゼルトの両親の部屋の立ち番だという。その魔導士を労い、椅子を一脚出して勧めてから、両親がいる部屋のドアを叩く。そして、こんなところに閉じ込められた、と苦情を言う母親を(なだ)め、父親に頼むね、と言ってから、ジョゼシラが待つ居室へ向かった。


「思ったよりも早かったね」

「うん、そうか? それにしても相変わらず術は完璧だな。ここに来る前に城を巡って確認してきた。それと、両親のこと、世話を掛ける」


「ねぇ、ひょっとしてお義母(かあ)さま、どこか具合が悪いんじゃ?」

ジョゼシラでさえ気が付くほど母の病状は思わしくないのか……サッと顔を見るだけでここに来てしまった。


 あの事件の後、二年近く寝たり起きたりだった。近ごろは元気になったと思っていたのに、今度は精神的に不安定になっている。


「そうか? 今度ゆっくり様子を見に行くよ」

「そのほうがよさそうだね。お義父(とう)さまに訊いても、わたしには言いたくないみたいだった。食事はダイニングに用意してあるよ」


 あぁ、そうだった、食事の用意を頼んだんだった……食べずにすぐ帰りたい。でも、怒らせても面倒だ。ビルセゼルトは内心しぶしぶ食卓に着く。


 ジョゼシラは羊肉のトマト煮とワインを用意していた。ワインは一口で胃の腑に染み渡り、全身に広がるように感じた。


「それで通知文は巧く出来た?」

ジョゼシラが話しかけてくる。

「論文はお得意だろうけど、勝手が違ったんじゃない?」


「うん、どうだろうね。推敲係が巧く直してくれることを期待するよ」

そう言いながら、冴え渡っていると思った頭脳が、突然勝手に休憩し始めたのを感じた。


 羊肉を口に運んだのはいいが、巧く咀嚼できない。勝手に閉じてしまう瞼を無理やり開こうとするが、半分開けばいいほうだ。


「ビリー?」

ジョゼシラがそれに気づく。

「ベッドに行ったほうがいいんじゃ?」


「うん、でも、すぐ戻ると言ってきたし」

「火のルートの途中で眠り込むとどうなるんだろう?」

ジョゼシラが脅す。

「いや、どうなるんだろう? 聞いた事がないな」

「いいから、ベッドに行く。ほら早く」


 どうせ向こうに戻ったら仮眠しようと思っていたのだし、ここでもいいか、とベッドに追いやるジョゼシラに従う。でも、なんだかイヤな予感がする。


 ビルセゼルトがベッドに横たわった瞬間、そのイヤな予感は的中した。

「あぁあ!? おい、何をする?」

「わたしが城の点検のためだけに、あなたを呼ぶはずがない」


「ちょっと待て、やめろ、よせったら! おい、そこは! &%#◇○×……」

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