15 決断(3)
――魔導士ギルド総本拠は当ギルドに所属する魔女を含むすべての魔導士に通知する。
予てより示顕王の出現が取り沙汰されているが、これは来る夏至の日に達成されると見込まれている。従って、該当日まで示顕王は存在しないというのが当ギルドに所属する星見魔導士の見解であり、当ギルドの見解となる。
昨日、北の統括魔女ジャグジニアより当ギルドに、告発状が届けられた。
それは西の統括魔女マルテミアの夫、魔導士サリオネルトが示顕王であるとの指摘に続き、魔導士サリオネルト、その妻魔女マルテミア、及びこの夫婦の間に誕生するであろう子の、処罰を求めている。この〝子〟とは、出産予定のマルテミアの胎内の子、胎児を指している。この夫婦には、この胎児以外の子はいない。
示顕王は災厄を鎮めるため現れると古文書に記載されている。魔導史学会においては、来るべき災厄に備え示顕王は現れると解釈するのが定説となっている。が、告発状に於いては、そもそも災厄は示顕王がもたらすと解釈している。告発状は当ギルドに、示顕王をどう解釈するか結論を迫ったと言えるだろう。
告発状では、示顕王は魔導士サリオネルトと指摘しているが、その根拠は提示されていない。また、その妻及びこれから誕生する子の制裁理由についても説明がない。そのため、二つの根拠をギルドは模索する必要がある。
さらに告発状は要求に当ギルドが従わない場合、当ギルドに宣戦布告し、西の魔女の陣地を攻めるとしている。
戦争は許しがたいことであり、回避するべきと当ギルドは判断し、そのための検討期間六日を北の魔女ジャグジニアに求め、承認されている。
重ねて言うが、当ギルドは示顕王が何者であるかを見極め、魔導士サリオネルトが示顕王であるか否かを検証するよう、告発状により促された。
しかしその判断は極めて困難である。
冒頭にも述べたが、示顕王が出現するのは七日後の夏至の日であり、それ以前に判断するのは不可能であるというのが、当ギルドに所属する星見魔導士の見解である。
だが、告発状が届けられ、返答に期限が設けられたからには、当ギルドには期限内に返答する義務が生じた。
検証の結果、示顕王が処刑に値し、魔導士サリオネルトが示顕王であるならば、当ギルドは告白状の要求に従い、魔導士サリオネルトを処刑する。また、告発状にある通り、その妻子にも罪状があると判断すれば、魔女マルテミアの出産後、生まれた赤子を北の魔女に引き渡すこととなる。その際、魔女マルテミアが従わなければ、魔導士ギルドの誓約によってマルテミアを処罰する。
示顕王は処罰するに値せず、または魔導士サリオネルトは示顕王に非ずとの結論を出した場合、当ギルドは告白状にある要求を却下し、宣戦布告を受けることとなる。
戦争は許容しがたい事柄である。しかし、そうであったとしても、罪なき者を処罰するのは魔女及び魔導士の誇りを傷つけるものである。当ギルドは、罪なき者を犠牲にして手に入れた平和は真の平和と言い難いと判断し、前述によって戦争が勃発することになってもやむなしと考える。
ギルドの判断は、六日以内に再度全魔導士に通知することとなるが、各位、最悪の場合に備えるよう促すため、ここに現状を通知するものなり。
なお、本通達記載の期日は告発状受取日を基準日としている。
――以上の通知文を緊急会議の翌日、魔導士ギルド総本拠は発行している。ギルド長・魔導士ビルセゼルトの署名を添えたのは言うまでもない。
緊急会議が終わると、三々五々、集まった魔女・魔導士は帰って行った。各小ギルド長は拠点に戻ると同時に、魔導士の把握に奔走することだろう。朝までに現状を報告することになっている。
魔女たちには統括陣地の保護術の強化と、各小ギルドへの協力と言う仕事が待っていた。東の魔女ソラテシラは東小ギルド長と、何やら話してはクスクス笑いながら帰って行った。
西の魔女の代理サリオネルトはやはり西小ギルドの長と肩を寄せて相談しながら、帰り際にはビルセゼルトに会釈を寄越して帰って行った。
南の魔女ジョゼシラは、これも南小ギルドの長と何やら話していたが、彼を先に帰しビルセゼルトの許に来た。
「あとでわたしの城に来て欲しい」
「何か問題でも? 俺はこれから魔導士学校に戻って教職員と打ち合わせの後、ギルドの執務室で明日発行する通知書の原文を書き上げる予定だが?」
「では、その後にでも。陣地への保護呪文に落ちがないか見て欲しい」
「おまえの保護呪文に手落ちがあるとは思えない。でもまぁ、いい。俺が見て安心するなら見てみるよ。だが、遅くなる。夕食はそちらで摂ろう。用意を頼む」
判った、とジョゼシラは帰って行った。
魔導士学校に戻り、教職員を集める。ギルドでの緊急会議の途中も時おり、親元から学生を帰すよう依頼が来ていたがビルセゼルトは全てに許可を与えている。
「残った学生は三分の二か。思ったよりも北の魔女につく魔導士がいるのだね」
ビルセゼルトが溜息を吐く。
教師たちには北の魔女の要求を伝え、それに対しギルドが六日の間に返答することになった、とだけ伝えた。
「帰った学生たちの親が、全員北の魔女さまについたとは言えませんわ」
と、レギリンス先生が言う。
「不穏な動きがあることは魔導士なら察しているはず。デリアカルネさまが殺害されたと、少々強い力を持った魔女・魔導士なら感知していることでしょう。我が子を手元に置きたいと、そう思っても不思議ではありません」
「いっその事、この騒ぎが落ち着くまで休校としたらいかがでしょうか」
魔導薬学のカラネコイネが言う。
「いつ、何が起こるか判らない中で、学生の安全を保障するのは難しいかと」
「それより学校としてはどちらを支持するのですか?」
と訊いたのは、呪文学ペリカパキラだった。これにはビルセゼルトがきっちり返答した。
「学校としてはどちらも支持しない。それが魔導士学校三校の共同見解だ」
そして『だが』と続けた。
「学究の徒としての見解は表明する。それは魔導士学校としてとは限らず、学者個人としてでもだ」
「学校としては飽くまで中立の立場を貫くということですか?」
「親がどちらの陣営であろうと、学生の学問の自由を保障するのが学校の勤めと考える」
そう言うとビルセゼルトが教職員を見渡して命じた。
「もちろん、教職員の信条の自由も保障する。北につこうがギルドにつこうがそれは個人の自由だ。だが、それを学校に持ち込むことは断じて禁じる」




