15 決断(2)
サリオネルトが失笑する。そして『ジョゼシラも大したものだね』とビルセゼルトに送言してくる。ジョゼシラは、中立に見せかけて突っかかってきたソラテシラを諫めている。ソラテシラは鉾を収めるしかない。
そしてサリオネルトは、送言術での内緒話など噯にも出さず、
「早いほうがいいと言っても、即時開戦とはいかない。それなりの準備は必要と思われる」
と議場に向かって発言した。
「では、開戦日を決める前に、何をどう準備するかを検討しなければならない、ということですね」
とジョゼシラが受ける。
「ビルセゼルトさま、魔導士ギルド長として、警護及び武術魔導士の現状をご説明ください」
「今日の騒ぎでどれほどの損害が出たか、まだ把握できておりません。また、ギルドに造反する者の有無も然り」
ビルセゼルトが答える。
「まずは各陣地への配分を決めておいてはいかがでしょう。今日の様子では人員数をすぐに把握するのは無理というものでしょう」
とサリオネルトが言えば、
「得手が偏らないような配分も考えた方がよさそうですね」
ソラテシラが言外に同意する。
「警護魔導士だけでなく、武術魔導士の配備と召集にも取り掛からねばなりません」
「ドラゴンへの助力は要請しますか?」
と訊いたのは東小ギルドの長だ。
「北の陣営がドラゴンを招集したら、すぐこちらも対応できるようドラゴンと話を付けておく必要はありそうです」
ソラテシラが答えた。
北の陣地にドラゴンは生息していない。だから北がドラゴンを招集する心配はないと、ビルセゼルトは言いかけたがやめておいた。そんな事を言えば、またソラテシラの反感を買うだけだ。ドラゴンに話を付けるだけなら害はないと思った。
が、
「陣地が荒らされコロニーに害が及べば、ドラゴンも黙っていないはず。放っておいても参戦すると思う」
と、校長の一人が言うのを聞いて
「北の陣地にドラゴンは生息しておりません。むしろ、南・西・東の陣地に住むドラゴンに、魔女・魔導士の戦争に関わるなと警告を発するほうが賢明です」
と発言した。
するとソラテシラが
「あら、だったら反対に、ドラゴンに助力を求めればこちらが優位になれますね」
ニンマリと笑む。それにはビルセゼルトが
「ドラゴンを引き入れれば、市井の人々にも犠牲者が出ます。また、力を借りるのならドラゴンに、それなりの対価を支払わなくてはなりません。再考願います」
ソラテシラを慮って『やめろ』とは言わず、考え直しを要請する。そこで
「市井の人々を巻き込むのは言語道断」
ミカウサガン校長が唸る。
「魔女・魔導士の使命を忘れてはいけない」
「ではドラゴンには静観を願い出ましょう。それでいいですね?」
ミカウサガン校長を相手にするのは厄介と、ソラテシラが折れれば否を発する者はいない。
「では、警護魔導士・武術魔導士、それぞれの把握と召集・配備にどれほどの時間が必要になりますか?」
ジョゼシラが纏める。
ところがサリオネルトが
「向こう四日の間、警護魔導士、武術魔導士の新人員を募ったらどうだろう?」
と提案する。
「新たに募ることに反対はない。が、それを北に漏れずにできるなら、だ」
ビルセゼルトが言えば、
「開戦するとギルドが公にしなくても、北の魔女がギルドに要求したことは、明日には全土に広がっている。志ある者は言わずとも集まる。ギルドは来た者を受け入れるだけでいい」
サリオネルトが請け合った。そして、
「四日の間に集まった者を今の編成に組み入れて、五日目の朝までに配置する。配置完了後、北へ開戦の意思を伝えればいい」
と、さらに提案する。
サリオネルトを承けて
「開戦すれば、戦闘に加わりたいと申し出る者も増えるだろう。それは随時、増員していけばよろしいかと」
と南小ギルドの長が発言する。すると、
「開戦については我らの正当性を喧伝する必要がある。多くの魔女・魔導士は示顕王など、伝説でしか知らないし、サリオネルトがそうだと吹聴されれば、北に寝返るものも出る」
と、サリオネルトが追加した。
「なるほど、尤もなご意見と拝聴いたしましたが、まずは軍の配分をどうするかを決めてしまいましょう。喧伝についてはそのあと討議いたします」
と言って、ジョゼシラがビルセゼルトに向き直る。
「サリオネルトさまより、四日の間に軍の再編と再配置のご提案がありました。この辺り、現実的に可能でしょうか? 魔導士ギルドさま」
「明日の朝までに、各小ギルド長より現体制の報告をいただくとともに、それ以降の増員名簿を隋事ご提出いただければ可能と存じます。ソラテシラさまご懸念の、得物の平均化も考慮して配備いたします」
「魔導士ギルド長より、サリオネルトさまのご提案は可能との返答をいただきました。サリオネルトさまの提案を採用しますか? 採用に反対のかたはお名をお示しください」
発言する者がいないのを確認して
「では開戦は五日後。部隊の配置を夜明けまでに完了したのち、意向を北の魔女に伝える、と決定いたします」
同意の拍手が議場に響く。
ここに至って、強行してでもジョゼシラを魔女ギルド長にしておいてよかったとビルセゼルドは思っていた。ソラテシラのままでは、こうも早く会議は進んでいかなかっただろう。あれやこれやと気が散りがちなソラテシラは、具体的な話を進めるのには向いていない。
それにしてもジョゼシラがここまでできるとは嬉しい誤算だ。これなら今日に限らずこれ以降も、魔女ギルドの長として頼れる。魔女としてだけでなく、政治向きの事柄も確かな戦力の一人として充分やっていける。どこかネジが緩んでいる、少々ずれている、と思っていたが、考え直さなくてはいけないようだ。
だが、二人きりの時は今まで通りのほうがいい。今まで通りでいて欲しい。そう思ってビルセゼルトは、勝手なものだと心の中で自分を笑った。




