14 矜持(5)
デリアカルネの死の一報が魔導士ギルド総本拠の会議室に届くと、即座にビルセゼルトは各小ギルドの長に命じている。
「各陣地の魔導士に命じてギルドの有力者の縁者に護衛を。急いで!」
そして、ソラテシラ、ジョゼシラに向かっては
「陣地の守りの強化を。反逆の兆しのある者には陣地内に留まることのできない呪いも使ってください」
と依頼した。
北の魔女の夫ホヴァセンシルの伯祖母デリアカルネを北の陣営が手に掛けた。引退しているにも関わらず、しかも身内にこの仕打ちだ。北の魔女に従わない者には容赦しないとの意思表明だとビルセゼルトは見た。
次に狙うのは有力者の家族だろう。自分の縁者に対してもこうなのだ、おまえたちの縁者ならなおさら、と脅しを掛けてきたのだと思った。
三人の魔導士――小ギルドの長と二人の魔女はすぐさまルートを使い自身の拠点に戻った。サリオネルトもビルセゼルトに頷いて、火のルートを使い西に戻る。
会議室に残ったのは三人の校長だけだ。
「宣戦布告は六日後のはず。誓紙は破れぬ筈だったが……」
ミカウサガン校長がぽつりと言う。
「まだ、戦闘行為とは言えないかと。戦争の前準備といったところ。だが、少々力尽く過ぎる衒いがあります」
そう答えながらビルセゼルトは、デリアカルネを殺すよう指示したのは誰だろうと考えていた。
ホヴァセンシルとは考えずらい。かと言ってジャグジニアだろうか? どちらかが命じなければドウカルネスと言えどデリアカルネを殺せないのではないか。それとも、ドウカルネスはそれほどの実権を握ったということなのか?
するとまたも警衛魔導士が、伝令の齎した紙片を渡してくる。
「……住処のある街の魔導士数名ともども、ジャグジニアの両親が殺された。これもドウカルネスの仕業だ」
誰にともなくビルセゼルトが言う。
「北の魔女は気が触れたのか?」
そう呟いたのはもう一人の校長だ。
最初に戻ったのはサリオネルトだった。
「西の陣地に敵の気配はなかった。マルテミアの両親は東の陣地に住む。ソラテシラさまが引き受けてくださったので心配ない」
自席に戻るなりそう報告するサリオネルトにジャグジニアの両親の死を伝えると、さすがに顔色を変えてビルセゼルトを見た。
「間違いないのか?」
答えるまでもないとばかりに、ビルセゼルトは黙って腕を組み、瞑目した。
ソラテシラが戻ると、サリオネルトが立ち上がり会釈する。それにソラテシラが手を振って応えている。マルテミアの両親は東の居城に保護されたのだろう。
ソラテシラと同時に東小ギルドの長も戻り、ビルセゼルトに
「ソラテシラさまのご夫君もギルドの守護に加わりました」
と耳打ちした。
「それは心強い」
頷くビルセゼルトに東小ギルド長も頷いて自席に戻った。
「ジョゼの父君? 妖幻の魔導士ダガンネジブ?」
サリオネルトが耳打ちしてくる。それにビルセゼルトが答える。
「またの名を〝ソラテシラを言いなりに出来る唯一の魔導士〟」
「噂には聞くけど、どんな人?」
「城の居室からさえ滅多に出ないので、ソラテシラの夜のお相手に専念していると噂されている。が、実はかなりの使い手で、中でも攻撃術全般に於いてソラテシラを上回る、と言うのがソラテシラから聞いた話」
「一瞬、やはり統括魔女の夫になるなど無謀だったかと思った。会ったことは?」
「もちろんある。黒髪に黒い瞳の美男子だ」
「黒髪に黒い瞳。総てを吸収する黒。それだけでも強そうだ」
「得手は『火』『稲妻』『風』『水』『大地』『影』の六つ。少々『風』は弱いらしいが、なにしろ『影』がある」
「そんな魔導士が、統括の魔女の夫はともかく、それだけに納まっている?」
「若いころは型に納まらない人だったらしい。頻繁に問題を起こしてはギルドに呼び出されたそうだ。とうとう追放されるかという時、勿体ないからわたしが貰う、とギルドから払い下げた、とソラテシラが言っていた」
「その話、どこからが冗談なんだ?」
「さあねぇ。ソラテシラの隣に本人がいたけれど、顰め面して黙っていただけだ。ジョゼと結婚する、と言ったらジロリと睨まれた。その時は怖かったね」
「力を感じた?」
「上っ面でない力。腹の底から湧き出るような。そんなのを感じた」
「それにしても美男子とはね。親子そろって面食いってことか」
サリオネルトが笑う。
「もう、笑いが止まらない、なんてのはよしてくれよ」
ビルセゼルトが釘をさす。
「ホヴァセンシルは本気で開戦することを考えているのだろうね」
サリオネルトが呟く。
「わたしが放った間者も、西の陣地から命からがら逃げてきた。もう少し帰城命令が遅れていたら間に合わなかったかもしれない」
「間者? いつの間に?」
「北に何かあると、星見から聞いた時から。ジャグジニアの監視と警護を命じて忍び込ませた。緊急会議の連絡を受けてここに来る時、帰城命令を出すようマリに頼んでおいた。まさかとは思ったが、念のためにそうしておいてよかったよ」
「抜け目ないね、サリーは」
騙そうとしている相手には騙されてやれ、とサリオネルトは言うけれど、実際は『騙された振り』と、『騙していない振り』が多いのかもしれないと思った。
「それにしてもジョゼは遅いね」
「南小ギルドの長もまだだ。二人で何か相談しているのかも知れない」
「うちの親は保護できたかな?」
サリオネルトの言葉に、ビルセゼルトが弟を見る。
「心配か?」
「ビリーは心配じゃないの? わたしたちの親は南の陣地に住んでいるのに」
「南の陣地に住んでいる、と言う一点だけを考えるなら心配はないかな。ジョゼだけじゃなく、俺も保護術を使っている」
「あのあと、母さん、どうしてる?」
サリオネルトの問いにビルセゼルトが黙る。いい言葉が見つからない。
サリオネルトは自分が産んだ子ではない、入れ替えられていると母親が言いだしたと聞いて、心配したビルセゼルトが多忙の中、時間を見付け実家を訪れると、出迎えた母はいつもと変わらない様子だった。
訪れの真意をこっそり父に訊くと、『確かに母さんは近頃そう言っている』と答えた。だがサリオネルトの事さえ話題に出さなければ普段と変わらない。だから母さんの前ではサリオネルトの事は口にするな。サリオネルトにもここには顔を出すなと伝えてくれ、と言われた。どうしてそれをサリオネルトに伝えられる?
「そんなに良くないのか?」
黙ってしまったビルセゼルトにサリオネルトがさらに尋ねる。
「だとしたら、わたしはあの家に顔を出さないほうがいいんだろうね」
と苦笑いする。ビルセゼルトの様子から、両親の意向を察したのだろう。
すまない、と言えばさらにサリオネルトが傷つく。ビルセゼルトは黙っているほかなかった。




