14 矜持(3)
「そんな身も蓋もない言い方は感心できなくてよ」
と、ソラテシラが笑う。
「まぁまぁ、みなさん落ち着いて。さきほどからサリオネルトさまを前に処刑するなどと、よく言えますわね」
自分もその一人という事を棚に上げたソラテシラだ。
そこに黙りきりだったサリオネルトが静かに言った。
「では、南か東の魔女の居城にわたしを幽閉し、夏至の日に処刑を行う。これでよろしいのでは?」
居並ぶ者たちは驚いて、一斉にサリオネルトを見た。
「示顕王が何者かなんて知らないし、そんなものには興味がない。だが、わたしが示顕王だと結論付けられ死を望まれ、それが世のためになるのなら甘んじて受けよう」
ビルセゼルトが懸命に送言するが、サリオネルトに届かない。何を考えている?
「だが、北の魔女の要求の二つ目にあげられた我が息子の引き渡し、三つ目の妻マルテミアの監禁、これは断固として拒む。それを確約してくれるのならば、わたしは処刑されようが消されようが恨みもしない」
呆れているだけだ……ビルセゼルトの心に、サリオネルトの声がようやく飛び込んできた。そこへビルセゼルトは送り返す。
(ホヴァセンシルが『狙いは西だ』って言った。おまえが命を落としても道は開かない)
サリオネルトの発言に議場は静まり返ってしまった。良識があればサリオネルトの申し出を却下するものだと判っているが、そうできない。魔導士界で戦争があったのは遥か昔のこと、戦争自体を恐れているのだ。
「ここで北の魔女の要求を飲み、これと言って罪のないサリオネルトや、その妻子を罰すれば、今後、自分に都合の悪い相手を殺さなければ戦争を起こす、と言い出す統括魔女が後を絶たなくなるかもしれませんな」
今まで発言のなかった魔導士学校のもう一人の校長が口を開いた。
「魔女ギルド・魔導士ギルドは暴力に屈し、罪のない男を殺し、もっと罪のないその妻を監禁し、理屈の通らない理由で母親から赤子を奪い、罪があろうはずもない赤子を売り渡したと、歴史に刻まれるのでしょうな。ねぇ、ビルセゼルト校長?」
「ミ、ミカウサガン校長の仰る通りかと」
胸の震えを抑えながらビルセゼルトは答えた。
さらにミカウサガン校長は続けた。
「迷った時は基本に戻ることだよ、諸君。平和を脅かしているのは誰だ? サリオネルトか? それともまだ生まれてもいない赤ん坊か? そうじゃないだろう。平和を脅かしているのは北の魔女だ。ならば敵は北の魔女だと答えが出てくる」
我々はいつでも魔女・魔導士としての誇りを持ち、そして世の中のために働かねばならない。それこそが、わたしたちが特別な力を持つ理由。
「みな、学校でそう学んできただろう?」
ミカウサガン校長はそう言って笑った。
ここでビルセゼルトは警衛魔導士を呼び、お茶の手配を頼んだ。二度目の休憩に入る。人目がなければ机に突っ伏して眠りたい。そう感じるほど疲れていた。
横を見るとサリオネルトは他人目憚らず椅子に身を投げ出し、天井を向いている。腕はぶらりと投げやりだ。
「疲れた……高い木の枝で日向ぼっこがしたいや」
よく見ると、放り出した手とは別の手の甲で眼のあたりを隠している。目じりから、防ぎきれなかったものが僅かに流れ出ている。
周囲を見渡すと、やはりみな疲れた顔をして、ある者は背中を丸めて頭を抱え、ある者は腕を組み、目を閉じ、またある者はサリオネルト同様、椅子に身を投げ出して上を向き天井を眺めている。
さすがにソラテシラは背筋を伸ばして座っているが、その目は閉じられている。だが、それは疲れからではなく、何かを考えているのだろう。
ジョゼシラは全く疲れた様子がない。出されたお茶に砂糖を入れ、クルクルとスプーンで回しては、砂糖が溶ける様子を見て楽しんでいる。先ほどはミルクティーだったが、今度はミルクなしだから、砂糖のダンスもよく見える事だろう。
ジョゼシラには助かった。あのまま議事進行をしながらでは、魔導士ギルドの長としても、学校長としても、巧く解説できなかった。考えてみれば一人三役だ。
ミカウサガン校長には救われた。あのままではサリオネルトの申し出が聞き入れられてしまったかもしれない。補佐席の面々はミカウサガン校長に近寄り、握手を求めていた。魔導士の誇り、この言葉に弱くない魔導士はいない。
これでソラテシラが反対しない限り、サリオネルトが無体に処分されるのは回避できる。あとは戦争をどう有利に進めるかだ。
出来る事ならば戦争は回避したい。が、敵は北の魔女、その言葉に目が覚めた。もちろんジャグジニアを滅ぼしたいわけでも、ホヴァセンシルを責めたいわけでもない。戦争における被害を最小限に押し留め、ジャグジニアとホヴァセンシルを救う。そのために知恵を絞らなくてはならない。
と、会議室に飛び込んできた者がいる。ルート番の一人だ。
「警護魔導士からの急告です」
ビルセゼルトに走り寄り、一葉の紙片を渡す。それを一瞥するなり、ビルセゼルトは顔色を変えて立ち上がった。
「そんな……」
「ビルセゼルト、なにがあったのですか?」
ソラテシラが何事かと、声を荒げる。
「……前東の魔女デリアカルネさまが」
ここでビルセゼルトがもう一度紙面に目を落とし確かめる。
「デリアカルネさまが北の配下、魔女ドウカルネスに殺されました」
会議室に集まった誰もが息を飲む。
「魔導士学校に張った強力な結界がデリアカルネさまの、死の衝撃を我々に伝えることを拒んだようですな」
ミカウサガン校長が瞑目した。




