14 矜持(1)
中断の間に魔導士学校としての対応を共通認識しておきましょうと、補佐席に座る二人の校長に声をかけ、ビルセゼルトは基本姿勢を合致させた。
魔導士学校の共同の要望は一つ、親がどちらの陣営であろうと学生の安全を保証する、それだけだった。
学生たちを大人の権力争いに巻き込んではいけない、ビルセゼルトの意見に、
「なるほど、これは権力争いか」
と校長の一人が呟く。それに対し、
「そもそも、示顕王が実在したとして、処罰を考えるのは悪事を起こしてからでも遅くないとお思いになりませんか? 何もしていない者を処罰対象にするのは無理があります」
ビルセゼルトは答えている。
それなのに示顕王に拘るのは、単に、まだ全貌が明らかになっていない示顕王の力を恐れ、その恩恵を受けられる者に権限を奪われることに恐怖を感じているからだ。これは権力争いに他ならないと断言する。
「サリオネルトさまを庇ってのご発言か?」
と、もう一人が問えば
「サリオネルトは双子の片割れ、示顕王であろうとなかろうと、悪事を働けば成敗するのは片割れのわたしと誓いましょう。それでご勘弁を」
と答えている。
二人の学校長は顔を見合わせたが、
「ビルセゼルト校長に賛同しましょう」
魔導士の証を立てた。これで、サリオネルトが悪事を行えば、ビルセゼルトがサリオネルトを討たなくてはならなくなった。そんな事にはならないと確信しているビルセゼルトにとって、どうでもいい事だ。
学校長たちとの談合が終わり、ビルセゼルトが自席に戻る。
「いいのか、あんな誓いを立てて?」
サリオネルトが小声で問う。
「あぁ、問題ない。おまえはマリを宛がっとけば問題を起こさない」
ビルセゼルトの答えにサリオネルトが口元を押さえ、クッと笑いを抑えた。
補佐席からは涙を堪えているように見えただろう。事実、会話が聞こえていないであろう補佐席から、同情しているような言葉が漏れ聞こえる。このタイミングで笑い声を漏らせば、校長たちに不信感を与えかねない。それを抑える動作を、逆に自分に有利に導くのに使った。ビルセゼルトはサリオネルトの計算尽の動きに、心の中で舌を巻くと同時に呆れていた。
これで、会議の出席者、九名の内、五名を獲得したことになる。が、校長二名は学校としては従うと約束したが、一魔導士としての縛りはない。学校に関係しないことにおいては意見の自由が保証されている。ビルセゼルトに追従する確率は高いが、それだけだ。油断はできないと、ビルセゼルトは思っていた。
今さらながら、やはりソラテシラには打ち明けて、助力を願っておくべきだったと思うが、後の祭りだ。退席している間にジョゼシラが言い包めてくれることを期待したが、どうにもジョゼシラは当てにならない。しっかりしているようでどこか抜けている。
「ソラテシラとジョゼシラって、どこか抜けているよね」
と、ふと口にしてしまった。もちろんサリオネルト相手にだ。
「浮世離れしてるところがあるね、二人とも」
サリオネルトが答える。
「浮世離れか、なるほど」
「それにしても、ジョゼは随分しっかりしてきたね、教育係、大変だったんじゃないか?」
「うん、大変だったさ、あんな事もこんな事も、ずいぶん教えた」
ニヤリとビルセゼルトが笑うと、サリオネルトがこっそり脇腹を小突く。
「今のわたしを笑わせてはいけないよ」
と言いつつ、今度は俯いて顔を掌で隠してしまった。
サリオネルトが笑いの発作を抑えているとき、ソラテシラとジョゼシラが部屋に戻り、自席についた。
「サリオネルト、どうかしましたか?」
と、すぐさまソラテシラがサリオネルトに問う。
「あら、そう。良い兄を持ちましたね」
とソラテシラが続ける。その間、サリオネルトは俯いて横を向き、片手で顔を隠して、気にしないで欲しいとばかりに空いた手をひらひらさせていた。送言術を使って、校長たちと同じ誤解をソラテシラにさせたのだろう。
「ソラテシラさま、お加減はよろしくなられましたか?」
これ以上追及されればボロが出そうだ、さり気なくビルセゼルトが横入りする。
「お陰さまで……皆さんにはご迷惑をおかけしました」
ソラテシラに疑っている気配はない。
「では、会議を再開する」
そう言うと、ビルセゼルトは、
「こら、いい加減にしゃっきりしろ」
横のサリオネルトに小言を言った。
するとサリオネルト、『うんうん』と頷きながら
(ごめん、いろいろ思い出しちゃって、笑いが止まらなくなった)
と送言してくる。
仕方ない、とビルセゼルトは弟を放っておくことにした。ひょっとしたら笑いの発作は、極度の緊張感が引き起こしているのかもしれない、と思った。




