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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第三部 宣戦布告 苦悩の果て

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13 告発(5)

 ジャグジニアは北の陣地内の魔女・魔導士には伝令が飛ばし、どちら側に立つか意思表明を迫っていた。

「一部の魔女・魔導士は他の陣地に(のが)れたものと思われます。が、同時に、北の陣地に入っていく気配も(おびただ)しいものでした」


 北の魔女は己が陣営に引き込みたい者、引き込める者に以前から目星をつけ、水面下で動いていたと思われる。

「その動きを察知できなかったのは両ギルドの落ち度だと、責任を問われても致し方ないことと承知しております」

ギルド(・・・)の責任となれば、今、この会議に出席している全員に関わってくる。


 たとえ長とは言え、統括魔女の一挙手一投足に制限を掛ける権限はない。そして魔女ギルドだけ、魔導士ギルドだけの責任でないと明言し、ビルセゼルトは両ギルドの長のみが責任を問われるのを避けた。


 同時に指導者レベルに責任の所在があるとして各陣地に配された警護魔導士、その指揮官に責任を問えなくしている。


「現在、北の陣営に下った魔女・魔導士の名を調べさせており、追って報告が上がってまいりましょう」


 そして反対に、北の陣地から各陣地に逃れた者の保護と審議を各小ギルドに依頼したい。必要とあれば統括魔女もお手をお貸し願いたい。

「北の魔女の間者が忍び込んでいるやもしれません。くれぐれも慎重に」


 ここで一旦休憩を取った。東の魔女ソラテシラが眩暈(めまい)の発作を起こしたからだ。


 そう言えば飲み物の用意をしていなかった。ビルセゼルトが警衛魔導士を呼んで、何か用意するよう頼むと、何を用意しましょう、と警衛魔導士が訊いてきた。隣のサリオネルトが横から口を出す。


「暖かいミルクティーを。そしてわたしとビルセゼルトには赤ワインがいいな」

「うん、ミルクティーを全員に。サリオネルトは冗談を言ったのだよ」

ビルセゼルトが警衛魔導士に笑う。警護魔導士は困惑を見せたものの真面目な顔で『承知いたしました』と言って下がった。


「どうやらニアはわたしを殺したいようだ」

サリオネルトが浅く笑う。

「どうしてそんなに恨まれたんだ?」

ビルセゼルトが冗談で返す。

「それにしてもホビス、だな」


「そうだね、ホビスがニアを止めずにこんな事を許すとはね」

「サリー、ホビスに何か恨まれるようなことをしたのか?」

「判らないなぁ。少なくとも、ホビスが狙ってた女の子を口説いた事は絶対ないと思う」

これには不謹慎と思いながら、思わずビルセゼルトは笑ってしまった。

「ビリー、笑うなんて不謹慎だぞ」

ニヤニヤとサリーが言う。


 それぞれに湯気を立てたカップが配られると、サリオネルトはカップを包み込むように持った。


 琥珀色の瞳は感情を表していないが、きっと恐怖で震えているだろう。血の気が引いて、冷えた指先を温めているのだ。親友が目の前で自分を名を明言し『処刑しろ』と言った。真意が別のところにあると予測しても、受けたダメージは深い。


 このうえ『示顕(じげん)王』について取り沙汰されれば、必ず味方に付いてくれるのは兄夫婦だけだ。東の魔女ソラテシラが味方になる保証はない。もしソラテシラが示顕王は死罪相当と言い出し、小ギルドの長三人、二人の学校長が賛成し、そこでサリオネルトが示顕王だと断定されれば捕らえられることだろう。即時拘束となれば、ビルセゼルトとジョゼシラがサリオネルトを助け出すのは難しい。そう考えれば、今すぐにでも西に帰したいところだが、それでは味方を組織することもできなくなる。


(そう言えば、狙いは西にある、と言っていた)

ビルセゼルトはホヴァセンシルの言葉を思い出し考え込む。


(狙いは西。サリーでもマリでもない、ということか?)

西以外、つまり南、あるいは東に逃がせとでも言いたいか? だとしたら、やはり南だ。


 ジャグジニアの連れだしを、ホヴァセンシルは断念したと思ったほうがいい。しかもビルセゼルトたちに自分の置かれた状況を知らせる手段を無くしている。それがジャグジニアによるのか、ドウカルネスによるのか、それとも悪魔によるものなのか?


 北と交戦しつつ、その指導者のジャグジニアとホヴァセンシルを助け出す。果たしてそんな事が可能だろうか? 不可能であっても、そうしたい……ビルセゼルトはホヴァセンシルの顔を思い浮かべていた。


――眩暈を起こし倒れてしまったソラテシラは別室で休んでいたが、飲み物のお陰で顔色を取り戻していた。傍らにはジョゼシラが付き添っている。


「魔導士の杖、初めて見た」

ポツリと言う娘に

「父上もお持ちですよ」

とソラテシラが答える。


「魔導士と認められた時、魔女以外の者は必ず用意するものです。成長の(まじな)いで、持ち主の魔導士の力に合わせて進化するようにしてあります。公式の時でなければ、滅多に使わないのですけどね」


「つまり、公式な会見だった?」

「公式も公式、服装も装飾品もすべて伝統に(のっと)った完璧なものでした」


 それもあってビルセゼルトは礼を欠くことなきよう指示したのです。あの判断は懸命でした。あそこでホヴァセンシルを拘束なんかしたら、魔導史に汚名が残る事でしょう。


「あなたの位置から見えたかどうか、ローブに隠れてはいましたが、ホヴァセンシルは魔導士の剣を腰に下げていました。一つの抜かりもない正装です。それだけに厄介ですね」


 ソラテシラが説明する。公式なものであればあるほど神秘力が発動し、たとえ当事者が取消しを望んでも決して許されることはない。ジョゼシラが受け取った巻紙は誓紙のようなもので、書かれたことは必ず実行される。


 もちろん今回はギルドに対する要求が書かれていたわけで、ギルドがその要求を飲む義務はない。だが後半にあるように、その代償として必ず北の陣地は戦線布告し、西の陣地を攻めることになる。それはジャグジニアがもし死したとしても、それに代わる誰かが立ち、成就されることとなる。


「さらに厄介なのは、ジャグジニアが『北の統括魔女の権限』を使った事ですね」


 北の統括魔女の権限としての宣戦布告となれば、北の陣地、大地そのものが北の魔女に従うこととなる。戦争勃発となれば、うかつに北の陣地に入れないし、間者を送り込むこともできなくなる。大地が敵を許さない。


「その場合、どう制圧するのです?」

ジョゼシラが尋ねる。

「どうにも手出しできないように思える」


「基本的に大地は市井の人々を守ります。あなたが自分の陣地に守護術を使うのと同じことが起きるわけです。もし大地の守護が掛かった領地に侵入を試みるのならば、市井の人々には接触しない方法を選ばなくてはなりませんね」


「ルートを使う、とか?」

「それもありますが、戦時下にやすやすとルートを開けるおバカさんはいないのではないかしら?」

話しているうちにソラテシラは元気が戻ってきたようだ。


「火のルートは出口での承認が必要だから、戦時下向きではありません。そうですねぇ……水のルート、風のルート、この辺りを扱える者を選別して、敵の本拠を突くというのもありですが、あまりお勧めしませんわ。使える人数が少なすぎます」

そうなると遠隔で攻撃を仕掛けるのが現実的かもしれません、とソラテシラが溜息を吐く。


「さて、そろそろ会議室に戻りましょう。日が暮れる前に善後策を練らなくてはね」

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