13 告発(1)
その時、ビルセゼルトは王家の森魔導士学校で、今年卒業する学生たちを相手に基本理論『火と水の融合』について講義していた。
授業を進めながら、学生たちを見渡している。特に二人の魔女の様子を熱心に窺っていた。そのうち一人の得手は火と水と風、そこに何かもう一つあれば、と残念がっている。もう一人の得手は水と風と火と稲妻、だがパワーが足りない。
新たな統括魔女を早く選びたい。この二人の内のどちらか、もしくは両方を再教育してみる手も無くはない。統括魔女の選定はできなくても、候補ぐらいは確保したい。まずは二人の交友関係を調べてみるか……
ジョゼシラは四日前に南の魔女の城に移った。それと同時に南の魔女としての権限がソラテシラから委譲されている。そして魔女ギルドの長にもなった。
魔女ギルドの長の座にジョゼシラを就ける事については、ソラテシラが東に移ると決まってすぐに持たれた魔女ギルドの会議で決まった。ソラテシラは猛反対したが、結局拒めず諦めた。
魔女ギルドの会議と言っても魔女は南のソラテシラと東のデリアカルネの二人、西と北の統括魔女は体調不良で代理を立て、それぞれサリオネルトとホヴァセンシルという顔ぶれだ。デリアカルネからギルドの長の権限もジョゼシラに任せたいと提案され、二人の魔導士がそれに賛同するに至っては、ソラテシラと言えど否を唱えることができなかった。
ジョゼシラの力の強さを考えれば、不自然さもない。もちろんビルセゼルトの考えで、デリアカルネには事前に手を回し、御膳立てを整えておいた。
南の魔女の居城に移ったその日、いくら本人が生まれ育った城とは言え、統括魔女が交代するのだ、内部を大きく改修した。間取りの変更、各種術の入れ替え、その日ばかりはビルセゼルトも、新旧南の魔女とともに、城を巡り、手助けをしている。
その夜、ビルセゼルトは魔導士学校の教師棟の自室に戻り、旧南の魔女ソラテシラ夫妻は、既に娘の城となった南の居城に留まった。そして翌日、東の魔女の居城へと退去した。東の魔女の居城でも同じことが繰り返されたことだろう。
それにしてもあれ以来、例の件についてホヴァセンシルは何も言ってこない。夏至の日まであと七日。間に合うのだろうか?
「ルクスエミナ、つまり、火とは何だ?」
講義に上の空の学生を見つけ指名する。名を呼ばれた学生はあたふたしている。その時だった。
ドン!
衝撃音とともに教室が揺れた。ビルセゼルトが瞬時に校内に目を走らせる。
校長室の火のルートが破壊されている。守りの魔導士が魔導士ギルドから次々に魔導士学校に馳せている。侵入された形跡はない。
「学生は全員、寮に戻り待機。教職員は各火のルートを塞いで学生を守れ」
ビルセゼルトの声が、拡声術により魔導士学校中に響き渡った。
移動術で校長室に入ると、警衛魔導士が数人、暖炉の前に到着していた。中の一人が膝をついて暖炉を調べている。
「ナセシナノ、何が起きた?」
暖炉を調べている魔導士にビルセゼルトが問う。
暖炉を見たまま立ち上がると、ナセシナノが答えた。
「かなり高位の魔導士の仕業です。警告、ではないかと」
「警告?」
それには答えず、ナセシナノは腕を暖炉に翳し、呪文を唱え始めた。
そこに新たに現れた魔導士が、
「襲撃はここだけでした」
と報告する。
「ほかの魔導士学校に異変はありません。王家の森魔導士学校でも、異変があったのは校長室だけです」
「では、少なくとも今は学生の安全は計れているという事だな?」
「はい。ただ気になることが一点」
「なんだ、それは?」
「南、西、東の魔女さまとは連絡が取れ、変わりないとのことですが、北の魔女さまから応答がありません」
「……」
ナセシナノが腕を引き抜き、嘆いた。
「ダメです。わたしでは読み切れませ――」
言葉が終わらないうちにビルセゼルトがナセシナノを押しのける。
「わたしが見る」
そして腕を暖炉に差し入れ、そこに起こったことを読み取る。
複雑な呪文……違う、これは暗号だ。ビルセゼルトの顔色が変わっていく。やがて腕を引き抜くと、
「ギルド会議の召集を。そして調査魔導士を北の魔女の陣地へ、西の魔女の陣地には警護魔導士の増員を」
と、警衛魔導士に命じた。数人の魔導士が姿を消し、残った数人が校長室の火のルートの始末を始めた。
それからビルセゼルトは拡言術で
「校長のビルセゼルトだ。校内の火のルートは全て塞ぎ、魔導士ギルド以外からの出入校は誰であろうと禁止する。わたしは暫く魔導士ギルドの総本拠に滞在し、善後策にあたる。教職員は教師棟から予てより打ち合わせ通りの学生寮に移り、寮監と合力して学生を守る使命を果たせ。状況が判り次第、次の指示を出す」
魔導士学校校長として、出来る限りの指示を出した。
魔導士ギルドに行くと、東の魔女ソラテシラが一報を受けて、すでに到着していた。当然とばかり最上座に座っている。
「思ったよりも早かったですね」
娘婿に投げた言葉は、ビルセゼルトの到着を指すのか、北の悪魔が動き出したことを指すのか?……いいや、それはない。ソラテシラは『北の悪魔』の存在を知らないはずだ。それとも?
「これは東の魔女さま、新たなお住まいはいかがですか?」
「今日で三日目、ようやく慣れてきたところ」
相変わらず妖艶な笑顔でソラテシラが答える。
ソラテシラに会釈して、ビルセゼルトは末席に座る。そこへ魔導士学校からの伝令が現れ、校長であるビルセゼルトに耳打ちした。
「判った、希望者には許可を与える。ひと段落ついたら火のルートを塞ぐように」
伝令の魔導士が一礼して消えた。
異変に対応し、魔導士ギルドの総本拠と王家の森魔導士学校を繋いだ扉の結界は弱体化され、物理的移動も可能なら、ある種の移動術も可能となっていた。もしもの場合、学生たちをギルド側に避難させる、あるいはギルドが魔導士学校に籠城を決めた時、すぐに態勢が整えられるよう配慮したのだ。
魔導士ギルド総本拠の火のルートは開放し、開こうと思えば、どこからでも開けられる状態だ。ルート番の許可がなければ開通しない呪文が仕掛けてあるが、その呪文の効果は弱い。無理に抉じ開ける事も、ある程度の力を持つ魔女・魔導士ならば難しくない。緊急会議を招集しているのだ、火のルートを完全に塞ぐわけにはいかなかった。
魔導士学校はビルセゼルトが校長を勤める『王家の森魔導士学校』以外にも二校ある。その魔導士学校校長二名、小ギルドの長が三名、次々に火のルートを使って現れ、会議室へと入ってくる。そして、下座のさらに下手に設えられた補佐席を埋めていく。
「魔導士学校で何かあったのですか?」
東の魔女ソラテシラが世間話のようにビルセゼルトに話しかけてきた。王家の森魔導士学校からの伝令の内容を訊いている。
「数人の学生に至急帰宅するよう、親元から緊急の連絡が入ったようです」
「なるほど……それで、学生を帰した?」
「親元からの要請は、校長室の火のルートが破壊される以前から入っていたようです。親が急に子を呼び寄せる、今までもなかったことではありません」
「まぁ、それはそうでしょうね」
「ただ、次から次にそんな連絡が入る。そして校長室が襲撃され、さらにその連絡が多くなった――教職員が判断に迷い、指示を仰いできたのです」
「それで、子どもたちを帰した?」
ビルセゼルトがソラテシラの顔を見る。ソラテシラは相変わらず笑顔だが、目がビルセゼルトを責めている。
「親が希望した者は安全に親元に帰す。それが学校の方針です。残った学生の安全は学校が保証する。親の姿勢にかかわらず――これはギルドから独立している、魔導士学校の大原則、決して変えてはいけません」
ビルセゼルトの言葉に、ソラテシラがツンとそっぽを向いた。




