12 泣き濡れた恋情(4)
ひとしきり笑ってから、ビルセゼルトは真顔に戻るとこう言った。
「ジョゼとサリーどっちを取るか、いい時にそれを聞いてくれた」
サリーを助けることがジョゼシラの危険に繋がらないよう、ジョゼシラに頼みたいことがあるのになかなか言い出せずにいた。どちらかを選べと言われても、俺は両方を選ぶ。そして、たとえそのために自分の命が危うくなろうと、二人とも救ってみせる。
「ジョゼ、俺たちは北の魔女の居城を襲撃することを考えている」
ホビスがニアを連れ出すと同時に決行したい。しかも夏至の日が来る前にだ。
「北の魔女の城に潜むもの、悪魔がどんなものであるか判らない以上、どんな危険が待つか予測できない。そして夏至の日以前となれば示顕王の力は頼めない」
魔女の居城を襲撃するなど、前代未聞の暴挙だ。魔導士ギルドはともかく、魔女ギルドの賛成が得られるとは考えていない。
「もちろん手勢はそれなりに集めるつもりでいる。が、魔女の助力は得られるかどうか判らない」
「判った、わたしもその襲撃に参加しよう」
事も無げにジョゼシラが言う。
「危険だし、魔女ギルドでの立場が危うくなるかもしれないぞ?」
「それが心配で、言い出せなかった。だけど助けて欲しいのも本音。だよね?」
ジョゼシラが微笑む。
「わたしもサリーと同じだ。ビリーが傍にいてくれさえすれば後はどうでもいい」
「なぁ」
そんなジョゼシラを見詰めながらビルセゼルトが問う。
「もし、おまえが魔女ギルドを追われるようなことになり、延命と引き換えに俺がおまえの力を封じ、隠遁すると言ったら承知してくれるか?」
「隠遁? 世を捨ててどこかで生きる? ビリーが一緒なら、わたしはそれでもいいぞ」
「軽く答えるんだなぁ」
涙が滲んできそうなのを隠してビルセゼルトは笑った。
「俺は一生おまえの傍にいるとも」
それにしても、とジョゼシラが言った。
「なんでそんなに重大なことを今まで言ってくれなかった?」
そんなにわたしは信用できないか?
「できれば巻き込みたくなかったから。こう見えても俺はおまえを愛している」
ついビルセゼルトがニヤッと笑う。
嘘が吐けないのはお互い判っているのだけれど、言葉にするとなんとなく嘘くさい。
「それにジョゼに言うと、義母上に筒抜けになりそうで、それは避けたかったっていうのもある」
「母上に知られるのはまずかった?」
「うーーん、ニアの立場もあるし、ね」
「確かに、自分の居城に悪魔だかなんだか、そんなのを潜ませていたとなると責任を問われそうだ」
「それに、示顕王が誰なのかは隠しておきたい。ギルドもすでに『誕生』の星が二重星だと気が付いて、示顕王を特定しようとしている。だけど、デリアカルネがサリーは違うと断言したことで迷走している」
「つまり、示顕王が誰かを知っているのは、ビリー一派の三人だけ?」
フフフ、とジョゼシラが笑う。
「ビリー一派と来ましたか」
つられてビルセゼルトも笑う。
「だが違う、双子のビリーとサリーだけだ。あ、デリアカルネとサリーのところの星見のモニーを忘れてた」
示顕王については、まだホヴァセンシルには明かしていない。北の魔女の城に潜む悪魔が、ホヴァセンシルの心を読まない保証がない。知らせるのは危険だ。
「ふぅん、三人の結束って硬そうで、案外そうでもない? ホビスは除け者?」
「そんな積もりはないけれど……ほら、魔導士学校の時、サリーを取り戻すのに学生を決起させたじゃないか」
「あぁ、そう言えばあの後、ビリーとホビスはどこかギクシャクしてたよね」
「ホビスはおまえが言う通り、おまえのことを監視していた。義母上の指示ではなかったようだけどね」
「うん、当時の東の魔女、デリアカルネの言いつけだ」
「え?」
「デリアカルネがホビスの父上のカガンセシルに依頼して、で、ホビスに命じた」
「知ってたの?」
ビルセゼルトは初耳だ。
「デリアカルネが母上にそう話したらしい。ジョゼは可愛いね、って。甥孫からいろいろ聞いたよ、って」
「首謀者はデリアカルネか。そうか、ホビス、甥孫だった」
なんだか力が抜ける感じだ。
「あれから気まずくなって、それとなくホビスを避けていた。ホビスも俺を避けていたと思うよ」
相手が騙していると思うなら、騙されてやればいい……サリーの言葉が蘇る。
「そうか、そういうことだったんだ」
ビルセゼルトはやっと合点がいったと思った。
「サリーがね、騙されていると思ったら、騙されてやれと俺に言ったことがある」
それは無暗にそうしろと言うのではなく、サリオネルトは口にしなかったが、信用できる相手ならばって前提があったんだ。
「俺はホビスに騙されてやればよかった。そうしていれば、ホビスと気まずくなることもなく、ホビスはもっと早く相談してくれていた」
「ふぅん」
ジョゼシラが面白くもないと言いたそうな顔をする。
「何を言っているかよく判らないけれど、今さら過去は取り戻せない。それより、今のホビスを助けて、信用を取り戻すしかない」
「うん、そうだね、その通りだね」
そう言いながらビルセゼルトは後悔せずにはいられない。気まずくなっていなければ、きっとホビスは北の城に入ってすぐ、何かが可怪しいと相談してくれたはずだと思った。
「まったく……」
ジョゼシラがビルセゼルトの顔を眺めながら笑う。
「やっぱりビリーは情けないなぁ」




