2 引き離される二人(1)
ビリーが何を話しに来たのか、マリが訊いてもニアが口にすることはなかった。ニアの気持ちを考えれば、無理やり聞くこともできない。マリも追求しなかった。ニアはしばらく沈み込んでいたが、事情が判らないマリにはどうすることもできない。
サリーもビリーから何も聞いていないと言う。察してはいたようだったが、『憶測では言えない』と言われればそれ以上、温和しいマリは何も訊けなかった。
そんなニアを元気づけたのは意外にもホビスだ。
ニアとビリーの間に起こったことを何一つ知らないホビスは、ニアの憂鬱を西の魔女の選考が原因と勝手に思い込み、ニアを追い詰めないようにと、いつも通りの態度を変えなかった。そして少しでも気がまぎれるようにと、可愛らしい小鳥やリス、ニアが喜びそうな動物を呼び集めた。
やっとニアに笑顔が戻り、ニアとホビスの間に恋が芽生えたのではないかとマリが思い始める頃、西の魔女の選考会議に出席するため学校長が外出した。しばらくは、副校長のデリシアス先生が校長代理を勤めるらしい。
そしてニアとマリはデリシアス校長代理に副校長室に呼ばれた。
「二人が候補に挙がっていることはご存知ですね?」
デリシアスは説明を始めた。
魔女選考会議は早ければ即決、だけど長ければ何日間にも及びます。全会一致でなければ選ばれることはありません。今まで一番長かったのは一か月にも及んだと聞いています。校長はお出かけの際、このたびの選考会は長くなるかもしれないと仰っていました。
即決の場合は選考とは名ばかり、候補もただ一人、現職の魔女が指名した継承子が選ばれます。まぁ、その継承子に問題がなければですが。
今回、西の魔女には子がおらず、継承子も当然いません。そんな場合、候補者の中から現魔女が選んだ魔女を優先して選出するのですが、西の魔女はそれすらしませんでした。
理由はここでは話せませんが、西の魔女になれば知れることです。この件は小ギルド長以上の者のみに知らされていることです――つまり、わたくしには知らされない、だから話せないのです。
それで二人に話しておきたいのですが、統括魔女が選ばれるには理由があるという事、決して、どちらが優れているとか、劣っているとか、そんな事ではないのです。
選考理由はその時どきで変わるそうですので――変わるそうというのは、校長から聞いた話だからです……なお、選考理由が明かされることはありません。
だからあなたがたは、どちらが選ばれても、どちらも選ばれなくても、自分を卑下することなく、誇り高き魔女でいて欲しいと、わたくしは願っています。
前置きが長くなりました。選考会議が長引いた場合、本人の話を聞き参考とすることがあり、その時はギルドの本拠に赴かねばなりません。これをお二人に伝えるため呼んだのでした。
では、わたくしの話はこれで終わりです。寮にお戻りなさい――
二人が副校長の部屋を出る時、一人の学生が入れ違いに副校長室に入っていった。緩くウェーブしたシルバーブロンドに緑色の瞳が印象的だ。背丈から見ると一年生だろう。凛々しい面立ちはいつか女の子たちに持て囃されそうだ。
「あぁ、待っていたのですよ」
副校長はすぐにその学生を招き入れ、ドアを閉ざした。
「あの子がジョゼよ」
ニアがそっと囁いた。
二人はその足で寮に戻ることなく、いつものベンチへ向かった。話したいことが山積みだ。
「あの小柄な子がジョゼ?」
ベンチの前に出るなりマリが叫ぶように言う。
「あの子が?」
ゆっくりベンチに腰掛けながらニアが苦笑する。
「どう思った?」
「どう思ったもなにも、まるで男の子じゃない」
「そうなのよね」
ニアはどうでもいいような返事をする。
「だから最初は悔しくて。でも、もういいの」
ニアはひとつ溜息をついた。
「ビリーがね、あのコを守りたいって、そう言ったの」
ねぇ、マリ、わたしたち魔女は守られるような存在だった?
「それにビリーは、『誇り高き魔女だ』とわたしのことを言ったの」
そしてニアは
「マリには黙っていたけれど、こっそりサリーに聞いたのよ。マリの彼は誤魔化したり隠したりしないで、キチンと話してくれる人だと思ったから」
わたしとジョゼを比べたら、魔女としての力はどちらが強いの? って。
「そしたらサリーは言ったわ」
ジョゼの力はキミの何倍にもなると思う。だからビリーが必要だったんだよ、と。
「わたし、判らなくなっちゃった。サリーが言う『必要』はあの子の力を抑えるためだったはずなのに。そんなに強い力を持つ魔女を守りたいってどういうことなのかしらね?」
マリには言うべき言葉がない。
しばらくニアも黙っていたが、
「それにしても拍子抜けね」
と笑った。
「ギルドに呼ばれて何か試験のようなものがあるのかと思っていたわ」
「そうね、なんのためにホビスに協力して貰ったか、判らなくなっちゃったわね」
ニアの笑顔に安心したマリもクスッと笑う。
「あら、ホビスが頻りにここに来ていた理由に、マリは気が付いていないの?」
ニアは満面の笑みでマリに言った。
「わたしに会うためよ」




