12 泣き濡れた恋情(3)
しなやかに見えて、サリーは脆い。
「マリを守るとなればいくらでも強くなれるだろうけど、もしもマリを失ったら、すべてを放棄するんじゃないかと思う」
マリがいなければ全てが無意味になる。ならば何も要らない、どうでもいい。
「わたしだってあなたがいなくなれば、そんな気になるかも知れないよ?」
「おまえは笑うかもしれないけれど、それこそ現実を見て欲しい」
連れ合いをなんらかの形で失うなんてよくある話だ。だけど、結局みんな生きていく。
「マリが流産した時だってそうだ。あいつはげっそり痩せてしまって。大丈夫かと声を掛けたら、そう言えばもう何日も食事をしてないと言った。忘れていたと」
たかが何日かマリが臥せっただけでそれだ。そりゃあその時は結婚して間もなくだったから、心配だろうとは思った。でも、今考えると、やっぱり行き過ぎだ。
「へぇ、そんなことがあったんだ?」
ジョゼが不満顔になる。どうして話してくれなかったのか、と思ったのだろう。
「今回もそうだ。自分に何かあったらマリと生まれてくる子を頼む、なんてことをわざわざ訪ねてきて言った」
「サリーが? あぁ、サリーは自分が示顕王だという事はもちろん知っているんだよね」
「うん、本人から聞いた話だ。西の魔女の城の星見とデリアカルネから聞いたと言っていた」
「不安なんだろうね。そんなわけの判らないものが自分だなんて言われて……でもさ、妻や子を心配するのは尤もな話なんじゃ?」
「夏至の日に、自分は命を落とすかもしれないって話の後で?」
ジョゼシラがキョトンと夫の顔を見る。
「サリーが? サリーがそう言った? 命を落とすかもって? それこそ、なんで命を落とすのよ?」
「夏至の日に、示顕王の誕生を示す二重星、それと対になる『落命』を示す星。この落命が指すのは自分だと、思い込んでいるかもしれない。マリでもなく生まれてくる息子でもなく、自分であればいいと、そう考えているんじゃないだろうか?」
「それで、ビリーはなんて答えた?」
「もし、万が一、そんなことになれば、今回の夏至の日とかじゃなくっても、俺がおまえの妻と子を放っておくものか、と言った」
「うん、そうだね、放ってなんか置けないよ。それでサリーは納得した?」
「どうだかな、何しろこのところ、様々なことがあいつを悩ませているようで、自分ではもう、何を悩んでいるのかも判らない状態なんじゃないか?」
災厄がなにを示すか判れば対処もできるが判らないまま、出来るだけの備えと言って、どう備えればいいか判らないのは当然だ。
「そうそう、示顕王の真の目覚めは二十二年後だと星が言っている。だから災厄が二十二年以上続くというのだが、ってことは、サリーも少なくとも二十二年先までは死んだりしない、とも言った」
「ビリー……それ、裏を返すと二十二年後に死ぬって聞こえる」
「まさか! 災厄を鎮める役目があるのだから、死んだら成し遂げられない。少なくとも俺はそんなつもりで言ってない」
二十二年後なら、この夏至に生まれるサリーの息子、もう一人の示顕王は二十二歳、今の俺やサリーと同じ齢だ。サリーとその息子、二人の示顕王が災厄を鎮めるのだと考えている。俺は二人を助けるため、できる限りのことをするつもりだ。
ジョゼシラが夫を見詰める。
「ビリー、よっぽどサリーが心配なんだね」
「可怪しいか?」
ビルセゼルトが、少しバツの悪そうな顔をする。
「サリーは余所に預けられてたって知っているよね」
それでも長期休暇とかには家に帰されて、兄弟だってことは知っていたし、仲もよかった。あいつが帰って来ると嬉しくて、できる限る傍にいようとしたもんだ。里親の許に戻ってしまうと寂しくて、どうしているかなって頻繁に思い出していた。
「あいつは神秘術が使えないと思っていたから、それに一応、自分は兄だし、弟を守らなくちゃって子ども心に思った」
だからいつも心配していた。虐められてはいないか、とか、ちゃんと食事は貰えているだろうか、とか。
「まぁさ、無駄な心配なんだけどね。あいつの里親はあいつに無体なことはしなかったし、預け先でも大勢の友達に囲まれていたみたいだし。まぁ、やっぱり双子なんだろうね、いないといろいろ心配になるけど、いると安心するというか……落ち着くんだ」
「ねぇ? ふと思ったんだけど」
ジョゼシラがビルセゼルトを眺めて言う。
「わたしとサリー、どちらかしか助けられないとしたら、どちらを助ける?」
「え? それは……」
もちろん、その時はおまえに決まっている、そう言おうとしてビルセゼルトの言葉が止まってしまった。
「ごめん、判らない」
ビルセゼルトがジョゼシラの顔を盗み見る。
「もちろんおまえだ、そう言おうとして迷ってしまった。おまえとサリー、どっちだろう?」
ふぅん、とジョゼシラは不満そうな顔をしたが、すぐにニヤリと笑う。
「まぁ、仕方ないか。サリーに決まってるって、即答されなかっただけましだ。双子だものな、生まれるときから手を繋いでいるんだ、絆も深いだろう」
「生まれるときから手を繋いでいる、とは上手いこと言うね」
「上手いも何も、双子って手を繋いで生まれてくるのだろう?」
「それって……」
ビルセゼルトが妻の顔をまじまじと見る。そして大笑いした。
「それは絶対違うぞ、ジョゼ」




