12 泣き濡れた恋情(1)
ジョゼシラが張った結界いっぱいに暴風雨が荒れ狂い、稲光が交錯する。だが、完璧な結界のお陰で部屋の損傷はなさそうだ。床・壁・天井に、ぴったり同じ隙間を取った内側に張られた結界……こんなの見たことない。それを瞬時に、念じただけで出現させた。ジョゼシラは相当の使い手だ。
それなのに、この暴風雨はどうだ? 猛烈だがまるで方向性がない。相手を攻撃するためならば、的を定めなければ使い物にならない。エネルギーを大きく放出させているだけだ。
で、この暴風雨が、ソラテシラ言うところの癇癪か。
なるほど、強制的にやめさせようとするなら、強い拘束術でも掛けなければ無理だろう。失神術さえ必要かもしれない。だが、そこまで手荒な真似はなかなかできないものだ。ソラテシラが手を焼くのも判らないでもない。
ところで本人はどこにいる?
暴風雨の中、目を凝らすがなかなか見つけられない。少し小降りになったころ、やっと見つけたジョゼシラは床に突っ伏し泣きじゃくっている。どうやら自分で出した風雨に曝されっ放しだったようで、髪はグチャグチャ、服はビショビショ、なんとも哀れな有様だ。
やがて泣き声が聞こえなくなると、風はやみ、雨は小雨に変わる。ビルセゼルトは防衛幕を消して、水溜りを歩いてジョゼシラに近づいて行った。
そっと肩に手を置くと、ジョゼシラは泣き濡れた顔でビルセゼルトを見上げた。そして顔がまた歪んで泣き出しそうになる。思わずビルセゼルトはジョゼシラを抱きしめた。
「大丈夫、ゆっくり話してごらん。どうしたんだい?」
ジョゼシラは暫くしゃくり上げながら、ビルセゼルトの腕にしがみ付いていた。ようやく口にした言葉は
「わたしが怖くないの?」
だった。
「キミは凄いエネルギーを発散できるクセに、それを術に転換できない。だから怖くない」
そう答えるビルセゼルトの顔をジョゼシラは見詰めていたが、自分がしがみ付いているビルセゼルトの腕に火傷を見つけると、そっと撫でた。
「へぇ、治癒術が使えるんだ?」
見る見る傷が癒えるのを見てビルセゼルトが微笑む。
「もう、痛くない?」
不安げにジョゼシラが問う。
「痛くないよ」
ビルセゼルトが答えた。
結局、何をどう怒って、ジョゼシラが白金寮の男子棟にまで押しかけてきたのかを、本人の口から聞くことはなかった。
水溜りを消し、ジョゼシラを乾かし、髪を整えてやる。あとは結界を消せば後始末は終わりだったが、それが巧くいかない。
三度目でやっと消せたが、ひょっとしたら苦戦するビルセゼルトを見かねて、タイミングを見計らってジョゼシラが消したのかもしれない。
結界が消えると壁越しに騒がしさが伝わってくる。無責任にいろいろ言っているんだろうと思うと気が重いが、通り抜けなければジョゼシラを送っていけない。
「部屋まで送る。行こう」
ドアを開けると、話し声が消えてシンと静まった。
好奇の目に曝されながらやっとの思いで談話室をすり抜け、出口に続く廊下へと出た。談話室が活気を途端に取り戻す。がやがやと騒いでいるのが扉越しに聞こえる。それを無視して、先に進んだ。
ジョゼシラの部屋は教師棟だった。そこまでの道すがら、ぽつりぽつりと話す。
「寮に会いに来るなら、談話室にいる誰かに呼んでもらって、出て来るのを待たなくてはいけないよ」
寮生以外は談話室までしか入れない。どこの寮も同じ。それに男子棟は女子禁制、女子棟は男子禁制。忘れてはいけない。
「会いに行ってもいいの?」
「今、言ったことが守れるならね。ただ、いつでも居るとは限らない」
授業があれば講義棟に行くし、図書館に行くことだってある。何かの用事で、先生に会いに教師棟に行くかもしれない。必要があれば学外に出かけることだってある。
「ビリーに会いたい時はどうしたらいい?」
「おや、会いたいと思ってくれることもあるんだ?」
ジョゼシラが歩みを止める。それに合わせてビルセゼルトも止まった。
「会いたいから白金寮に行った」
ビルセゼルトを見詰めてジョゼシラが言う。
「そうなんだ? てっきり何かに怒って、抗議に来たのかと思っていたよ」
「わたしが怒る? どうして?」
いや、だから、それをこちらが聞きたいんだが。そう思ったが、言わずにいた。
「ん、ジョゼは怒っているように見えた」
「怒ってなんかいないよ。ただ、会いたかっただけ」
毎日来てたのに、急に三日も顔を見せないから、どうしたかと思った。
「そうか、いろいろあって行けなかった」
「……嫌われたのかと思った」
「僕がジョゼを嫌う? どうして?」
「判らない。けれどわたしはよく嫌われる。怖がられる」
あれだけのエネルギーの放出を見れば、怖がるのも無理はない……これもビルセゼルトは口にしない。
「他人はどうだか知らないが、僕はジョゼを嫌っていないよ」
「……よかった」
そう言うとジョゼは歩き始めた。
「僕に嫌われたくなかったんだ?」
「うん。誰かが傍にいてくれるなんて、ビリーが初めて」
「そうか……さあ着いた、許可を取らなきゃ教師棟の中には入れない。だから送るのはここまでだ。あとは大丈夫だね?」
ジョゼシラが頷く。そして
「ねぇ、明日、会いに来てくれる?」
ビルセゼルトを見上げた




