11 疑われた愛(4)
「ビルセゼルト、誰かお付き合いしている女性はいますか?」
南の魔女ソラテシラに訊かれた。
「いいえ、おりません」
ジャグジニアに想いは伝えたものの、まだ交際を申し込んでいなかった。だから、そう答えた。
「ならば、命じます。わたしの娘と結婚しなさい」
足元が崩れる感覚を初めて知った。そして、南の魔女の命令には逆らえないと感じていた。ひょっとしたら軽い服従術が掛けられていたのかもしれない。
「今は本当に男の子みたいで、あまりお勧めできないんだけれど。ま、わたしの娘なのだから、結婚するころにはそこそこ以上にはなっている、と思いますよ。保証はできないのですけどね」
ソラテシラは愉快そうに笑った。
「魔導士学校に入学させるまで、南の魔女の居城から出したことがありません。世俗に一切まみれていない。あなたの思い通りに育てるのも面白い……とは思いませんか?」
そんな事を言われても、『そうですね』と答えられるものではない。這う這うの体で退出した。
命じておきながら、あなたがジョゼシラをその気にさせるのですよ、と丸投げしてきた。
「あのコの力はわたしより下手をすると強い。服従させるのはわたしにも無理かもしれない」
こっそり耳打ちするようにソラテシラはそう言い、『頑張ってね』と笑った。
なんの罰ゲームだよ?――変な魔女に変な見込まれかたをした。それにしても、と思った。
『あのコの癇癪には気を付けて。それは恐ろしいものです。あなたならそれを抑えられると見込んで、あなたに託すのです』
と、ソラテシラは言っていた。ジョゼシラの癇癪とはどれ程なのだろう?
ジョゼシラの癇癪を初めて体験したのは、ジャグジニアと庭で出くわした日の、翌々日の事だった。
ジャグジニアと会った日は何もする気になれず、部屋でゴロゴロしていた。翌日はそうもしていられないと、授業には出たが、食事以外の空き時間はやはり部屋で過ごした。その翌日は、少しは気を取り戻し、夕食後には図書館から魔導史の本を借りてきて、自室で読んでいた。
すると、寮長が来てドアを開け、
「おまえ、ジョゼって子に何かしたのか?」
と青い顔で言う。
ジョゼシラとのことはまだ公にしていない。ビルセゼルトが何を聞かれているのか判断しかねていると、寮長を押しのけてジョゼシラが部屋に入ってきた。
「ビルセゼルト!」
どう見ても怒っていた。いや、見なくても怒っている。怒りのエネルギーが小柄な身体から立ち昇り、それがまた凄まじく、周囲を焼きそうな勢いだ。
「あ……あの、ここ、男子寮だけど?」
背筋にゾクゾクと恐怖を感じながら、自分でも間の抜けた言いようだと思いながらそう言った。
「ご、ごめん、このドア、閉める?」
寮長があわあわと訊いている。閉めないで、ビルセゼルトが目で訴えているのが判っていながら、
「閉めるね」
バタンとドアを閉めて逃げて行った。
「ビルセゼルト! どういうつもりだ?」
寮長が消えるとジョゼシラが怒鳴り散らし始める。壁越しに聞こえていた部屋の外のさざめきが瞬時に消える。そして次には消える前より大きな響動めきが起こる。
「ちょっと、ちょっと待って」
外ではきっと聞き耳を立て、面白おかしく騒ぎ立てているに違いない。慌てて部屋に結界を張ろうとするが、いつもなら簡単にできるのに焦ってしまって巧くいかない。
「なに? 結界を張りたいのか?」
よく見るとジョゼシラの緑の瞳が赤々とした光を放っている。
(こわっ……)
恐怖で身体が震えるのを初めて体験する。ここまでの怒りを見たことがない。
「結界はこうやって張るんだ!」
パン! と炸裂音とともに部屋が静寂に包まれた。
「え?」
完璧な結界だ、と思った。まるで異次元に閉じ込められたように感じる。
呆気にとられたビルセゼルトから恐怖が消えた。あれほど強い恐怖だったのに、それを忘れて術の素晴らしさに気を取られたのだ。
「すごいね、キミ」
「結界も満足に張れないのか? 本当に情けない!」
ビルセゼルトの言葉などジョゼシラは聞いていないようだ。
「そっか、魔女だもんね。生まれた時から神秘術が使えるんだ」
そうか、そう考えると、この子の身体を取り巻いている怒りのエネルギーは……
「つっ! 痛ててて……」
スパークが腕に当たった。考え事をして、目の前に即座に攻撃してきそうな相手がいることを忘れていた。
「聞いているのか、ビルセゼルト!」
「ごめん、聞いてなかった」
それでも、最初に感じたほどの恐怖は感じない。
「で、なんで怒っているんだ?」
「なにぃ! ビルセゼルトぉーーー!」
「うぉ?」
急に部屋中に雲が立ち込め、風が吹き始める。
「なんだよ?」
わけが判らなかったが、どうやら火に油を注いだのは間違いない。
とりあえず、保護術を自分に掛けると、さらに防衛幕を張った。
あんなに怖かったのに、ジョゼシラの力を見てみたい自分がいる。立てた仮設があっているのか、確認したい――




