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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第二部 疑惑 それぞれの思惑

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11 疑われた愛(3)

 一年生で送言術を使えるとはさすが南の魔女の娘だ、と思うと同時に、つまり、腹が減ったということか、と可笑(おか)しくなった。笑うビルセゼルトに

「変な人。顔が見たけりゃまた今度、わたしは食事に行く」

と、さっさと行ってしまった。取り残されたまま、ゲラゲラ笑うビルセゼルトをほかの一年生たちが遠巻きにして通り過ぎて行った。


 授業がなければ図書館にいると言われていたビルセゼルトが、一年の教室や、学校の建物を取り囲む庭のどこかで見かけられるようになった。もちろんジョゼシラと一緒だ。


 噂通りジョゼシラに友達と言える相手はいなかった。いつでも一人でいたから、見つけられさえすれば一緒にいるのは簡単だ。最初はビルセゼルトを見ると逃げ回っていたジョゼシラもいつか根負けして、傍にビルセゼルトがいても気にしなくなった。


「暇なんだね」

魔導術の本を眺めながらジョゼシラが言う。

「本は眺める物じゃなくって読む物だよ」

と、ビルセゼルトが言う。


「あなた、他に好きな人がいたでしょ?」

「誰からそんな事を聞いた? 誰ともまだ、付き合っちゃいないが」

「なるほど、付き合ってはいないけど、付き合いたい相手はいた、と」

ビルセゼルトは笑うしかない。


「母上やギルドの言いなりになるなんて、情けないと自分で思わないんだ?」

「辛辣だね。魔導士ギルドに逆らえば、除名の憂き目もあるって知ってるよね?」


「市井の人になるのは嫌?」

「嫌なのかな? 考えたこともないな。子どものころからギルドには逆らうな、と言い聞かされてきたからかも」


「ギルドだけじゃなく、親の言いなりでもあるんだね。わたしも自分が魔女じゃないなんて、考えたこともないや」

「あぁ、お陰で『いい子ちゃん』のレッテルが剥がせない――ジョゼは、誰かを好きになったことはないの?」


「この魔導士学校で、初めて同じ年頃の人間に会った。南の魔女の居城から出たことない」

「それじゃ、今まで友達もいなかった?」


「そういうことになるね。欲しいと思ったこともないけど」

「それは、友達ってものを知らないからじゃないか?」


「そうなのかな?」

「きっとそうだよ」


 そんなある日、いつものようにジョゼシラを探して校庭を散策していると、ばったりジャグジニアに出くわした。ひょっとしたらジャグジニアはビルセゼルトを探していたのかもしれない。


 ジャグジニアの姿を見、ジャグジニアに(なじ)られ、ビルセゼルトの心は震えた。けれどギルドの命令には逆らえない。どう言えば嘘にならずに断ち切れる?


「……キミは僕が思っていたような人ではなかった」

そう、これからずっと一緒に居たい、そう思ってはいけない(・・・・)人だった。


「キミのような我儘な人にはついていけない」

どんな我儘も聞いてあげたかった。だけどもう僕は、キミの小さな我儘でさえ叶えてあげられない。


 ジャグジニアは、『ジョゼシラを愛しているのか』と訊いてきた。愛しているとは思わなかった。けれど、そうは言えなかった。


「ジョゼを守りたいと思っている。その思いが愛なら、僕は彼女を愛している」

そう答えるのが精一杯だった。ジャグジニアの瞳が涙で揺れるのを見た。そして後姿を見送った。


 ジョゼを探す気にはなれず、寮の自室に戻り、ベッドでゴロゴロし、そのあと予定していた講義にも出ずに過ごした。夕食時には同じ寮の友達が心配して誘いに来たが、食べたくないと断った。ジョゼシラの言う通り、なんて情けない男なんだと自分を(ののし)った。


 今までずっと決められた枠の中で生きてきた。そして、その枠から出られない。自分の願いを叶えることすらできない。


 双子の弟は市井で生活することを前提に余所(よそ)に預けられ、自分だけが両親の愛情と期待を一身に受け、大事に育てられた。その期待に応えることが自分の勤めだと思っていた。幸い、生まれ持った才能と、それを生かす努力は実を結び、将来を嘱望されるようになった。両親にとって自慢の息子だ。


 ジャグジニアの事は入学当初から知っていた。いや、あの手紙に書いたが憧れていた。どんな子よりも輝いて見えた。彼女は我儘だ、高慢だ、と悪い噂を何度も聞いた。その(たび)、僕だったらどんな我儘の聞いてあげるのにと思い、それだけ気高いという事だと思った。


 けれど、思いを伝える勇気がなかった。友人にさえ打ち明けられなかった。ロクに話したこともないのだ。見た目に魅かれたと、そう思われるのが嫌だった。たとえそれが事実だとしても。


 そうこうするうち卒業の年になり、結局誰と付き合うこともなくジャグジニアを思い続けた。聞けばジャグジニアも誰とも付き合っていないという。最後のチャンスかもしれない、卒業したら、もう会えない。ジャグジニアは西の魔女の候補に挙がっている。


 勇気を振り絞り、思いを伝えると、二人きりで逢うことを承知してくれた。ずっと好きだったと、瞳を見詰めて言えば、彼女は頬を染めて『嬉しい』と答えてくれた。


 その夜はジャグジニアの顔が浮かんできて、眠れないほどだった。不思議とどんな話をしたかはあまり覚えていない。笑顔を見るのに夢中だった。ジャグジニアと居られるなら幸せだと、本気で思った。


 それなのにギルドは非情だ。ビルセゼルトの気持ちも確認しないうち、ジョゼシラとの婚約を決めてしまった。

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