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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第二部 疑惑 それぞれの思惑

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11 疑われた愛(2)

 ジョゼシラがビルセゼルトの胸で、人差し指と中指を歩いているかのように交互に動かしている。そして

「ねぇ、何を考えているの?」

と問う。


 うん? と答えながらビルセゼルトはそれ以上は何も言わない。その替わり少し上体を起こし、ジョゼシラの頭の下に伸ばしていた腕に力を込め、ジョゼシラを引き寄せると口づけた。

「愛しているよ……」

くすぐったそうな顔をしてジョゼシラが笑う。

「どういう風の吹き回し?」


 ビルセゼルトはホヴァセンシルに見せた芝居を思い出していた。送言術でサリオネルトに『俺に絡んで来い』と言ったのはビルセゼルトだ。俺たちが揉めれば、ホヴァセンシルは腹を(くく)るしかない、そう思った。


 サリオネルトに『ジョゼを追放しろと言われたらどうする』と問われ、『力を封じて隠遁する』と答えた。芝居とは言え、嘘は吐けない。もちろん本音だ。だが、もしそんな事になったとき、ジョゼは俺に従ってくれるのだろうか? 心が離れていくかもしれない、そんな不安は強く心を揺さぶる。そしてホヴァセンシルとジャグジニアを思った。


「今夜は随分優しいね」

とジョゼシラが言う。

「なにがあったか話してみたら?」


「おや、俺が優しいと、おまえに隠し事があることになるのか?」

「いつもなら、わたしが誘わなきゃその気ならない、いつもなら腕枕なんかしてくれない、いつもなら……」


「あぁ、もういい、もういい」

ビルセゼルトが笑いだす。

「俺の可愛いジョゼが、いっつも不満なのはよく判った」


「隠し事とは思ってないよ。だけど、少しは悩みを打ち明けてくれてもいいんじゃないかな、と思う。寂しいよ」

ジョゼシラが、抱き付くようにビルセゼルトに寄り添う。


「心臓の、トクントクンって音が聞こえる」

「ドキドキではなくて?」


 微かに笑ったビルセゼルトがジョゼシラの髪を撫でる。

「下手に悩みを打ち明けたら、情けない男だと思われそうだ」

そう言いながら、ビルセゼルトはジョゼシラが『寂しい』と言った事を気にしていた。


「いまさら? あなたが情けないのは、知り合った時から知っている」

「そうきたか! 情けない男を夫に持って、おまえは苦労するな」


「いいや、楽しい。この情けない男をどうやって鍛え直そうかと考えるとゾクゾクする」

そしてクスクス笑う。

「帰って来た時は、どうしたものかと思ったけれど、機嫌が直ったようだね」


「うん……」

ギルドでの会議、校長室でサリオネルト、しばらく時間をおいてサリオネルトとホヴァセンシル、さらにサリオネルトと、頭の痛い話ばかりに追われた。予定通りに講義を行い、生徒一人一人に目を配り、その才能と人物をチェックするという、やはり神経を使う仕事の合間にだ。


「さすがに今日は疲れた」

本当はもう一つ、しなくてはならないことがあった。そろそろジョゼシラにも()(げん)王について話しておかなくてはならないと、思っている。


 近ぢか南の魔女の居城にジョゼシラが移ることを考えると、早く話しておくに越したことはない。いくら火のルートを使えば一瞬と言っても、そう頻繁に行き来できるものではない。出向くにしても、そのために時間を作らなければならないことに変わりはない。


 夏至の日は近い。そして、ホヴァセンシルの話から敵の姿も見えつつある。少なくとも潜む場所は特定できた。ジョゼシラの理解と協力を取り付ける材料になる。


 ジョゼシラの様子を窺うと、何が楽しいのか、うっすらと笑みを浮かべて、またビルセゼルトの胸で指遊びをしている。その指にビルセゼルトの手が近づき、そっと握った。自分と比べ、なんて小さい。細い指は、少し力を籠めれば折れてしまいそうだ。


 握ったままその手を、自分の口元に押し当てる。そして目を閉じた。


「トクントクンがトクトクに変わった」

されるがままのジョゼが呟いた。

「あなたが悩んでいると、わたしも苦しいって知ってる?」

「うん……」


 言わなくちゃダメだ。だけど言いたくない。ジョゼの助力が必要なのは判り切ってる。閉じていた目を開き、まじまじとジョゼシラの手を見る。この手に初めて触れたのはいつだった?


 初めて会った時のことはよく覚えている。南の魔女ソラテシラに命じられて、魔導士学校の一年の教室に会いに行った。あの魔女(ソラテシラ)、自分の娘を誘惑しろと、笑いながら言ったっけ……

『あのコ、自分が女の子だって自覚に欠けてるようなのよね。あなたが教育してやって』


 出入り口付近にいた一年生に頼むと、すぐ呼んできてくれた。出てきたジョゼを見て、正直、『面倒だな』と思った。小柄でやせっぽちで、目つきばかり鋭い。これがあの、妖艶な南の魔女の娘か?


 名を名乗り、顔を見に来たと言ったら

「好きなだけ見るといい。気がすんだら言ってくれ」

と、言葉使いも今まで知っている女の子とは違っていた。それから夕食が始まる時刻まで、そのまま廊下に立ち尽くして、お互いに睨み合った。


 途中、講義が二つあったようで、教師が二人、『何をしている?』と声を掛けてきたが、睨みあっているのがビルセゼルトとジョゼシラと知ると、見なかったふりをして教室に入っていき、何事もなかったように講義を進めていた。


 下手をすると自分を上回る魔導士のビルセゼルト、そして南の魔女の娘でただでさえ扱いにくいのに、噂では恐ろしい力を持つと言われるジョゼシラ、その二人が何をしているかは判らないが、邪魔をして、どちらか、あるいは両方の不興を買っては堪らないとでも思ったのだろう。


 途中、意地の張り合いにも飽きて、送言術を使って話しかければ少しは怖気づくかと思ったが、一年生相手にそれは弱い者いじめというものだと思ってやめておいた。それが夕食の時刻になり、ほかの生徒がぞろぞろ食堂に移動し始めると、『お(なか)()かないの?』と向こうから送言術を使って話しかけてきた。

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