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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第二部 疑惑 それぞれの思惑

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11 疑われた愛(1)

 ホヴァセンシルが北の魔女の居室に戻るとジャグジニアは不在、その替わりというのも変だが、ドウカルネスが控えていた。


「北の魔女さまはご入浴です」

ドウカルネスの言葉に、

「そうか」

とだけ答え、寝室に向かう。


 予備室に施した記録術を読むかと迷った時、居室に通じるドアが開いた。ドウカルネスが(はい)って来たのだ。


「なに用か?」

そう尋ねながら、ここは『どうやって(はい)った』と問うべきだったかと思う。本来なら寝室には、魔女とその夫しか(はい)れない。


「魔女さまのご入浴は長い。その間、このドウカルネスがホヴァセンシルさまをお慰め致します」

相変わらずの魔女の誘いだ。そんなものが俺には通用しないと、まだ判っていないのか? 笑いだしたいのを堪え、ドウカルネスの様子を窺う。


 ドウカルネスが歩みもしないで、スーッと動くとホヴァセンシルの間近に立った。そして両腕をホヴァセンシルの首に絡め、唇を重ね、舌を忍び込ませてくる。ホヴァセンシルがしたいようにさせていると、しばらくして目を覗きこんできた。


 ホヴァセンシルがそのタイミングで突き飛ばすように身体を離す。

「なっ!」

ドウカルネスの小さな悲鳴、ホヴァセンシルが(てのひら)をドウカルネスに向ける。後方に弾かれたドウカルネス、さらに空中に浮かび上がった。

「な、なにを!」

ドウカルネスが叫ぶ。


「俺に魔女の誘いは効かない。生まれた時から魔女に囲まれている。今更だ」

ホヴァセンシルが苦笑する。


「それで? ドウカルネス、おまえの目的はなんだ?」

「目的など! ジャグジニアさまに頼まれたからこうしただけ」

宙吊りにされながらドウカルネスが叫ぶ。


「ほう、何を頼まれた?」

「ジャグジニアさまは、あなたがご自分一人では満足しないとお思いだ。ほかの女に取られるよりはわたしに相手をして欲しいと(おっしゃ)った」

「なにを馬鹿な……」

そう言いながら、ホヴァセンシルの心は穏やかではない。


 魔女は嘘をつかない。嘘を吐けないのだ。ドウカルネスは事実を言っている。それとも何か誤魔化しているのか? 


 ドウカルネスの言葉の中に矛盾はないか、考えを巡らせる。よく考えろ、どこかに矛盾があるはずだ。ニアがそんな事をこの女に頼むはずがない。


 その時、浴室のドアが開き、ジャグジニアが入ってきた。


「可哀想に……あなた、ドゥクを降ろしてあげて。彼女の言う通りよ」

「おまえ、何を言っているか判っているのか?」

そう言いながら、ドウカルネスを吊るす意味を感じず、ホヴァセンシルは彼女を降ろす。ドウカルネスは地に足が着いて、ほっとしているようだ。


「判っていますとも」

ニアは頬笑みを浮かべて夫を見ている。


「ニア、おまえはこの魔女の『魔女の誘い』にかかっているんだ。この魔女に(そそのか)されているんだ」

言っても無駄と思いながら、ホヴァセンシルは言わずにいられなかった。するとジャグジニアが声を立てて笑った。


「魔女の誘いを使ったのはわたしのほう。でなければドウカルネスがあなたを誘うはずもないでしょう?」

おいでドゥク、ジャグジニアがドウカルネスを呼び寄せる。ドウカルネスは真っ直ぐジャグジニアを見詰めたまま、その足元に(ひざまず)く。


「ドゥクはね、前の北の魔女ゾヒルデナスさまのご親戚筋なのですって。それでゾヒルデナスさまからわたしを守るよう言い(つか)ってこの城に来たのよ」

「ゾヒルデナスさまは逝去なされた。そのとき傍にいたドウカルネスに話が聞きたいと、ギルドが探している」


 あらそう、とジャグジニアが笑う。

「それであなたはわたしを裏切って、ドウカルネスは北の魔女の城にいるとギルドに伝えたの?」

「そんな事はしていない」

ビルセゼルトと話した場所が魔導士学校でよかったとホヴァセンシルは内心思う。


 魔導士学校であれば、ビルセゼルドは校長であり、ギルド長ではない。ギルドに伝えたことにならない。


「俺がおまえを裏切ると、どうして思い込んでしまったんだ?」

「それじゃあ、裏切らないと約束してくれるの?」

ジャグジニアが不安そうにホヴァセンシルを見詰める。


「当り前じゃないか、俺はおまえの夫だ。おまえを一生大事にすると誓ったじゃないか」

「そう言えば、そんな事を言われたような気もするわ」

ジャグジニアが遠くを見る。


「あぁ、あれはあなたがわたしを好きにしたかった、それだけね」

「違う!」

思わずホヴァセンシルが叫ぶ。

「あの時、俺は本気でおまえを連れて逃げようと思った。そうしたいと思った。けれど、おまえがついて来てくれるか不安だったんだ」


 その不安を埋めたいがためにおまえを求めた。おまえは応えてくれた。どうしても説得できなかったら家族を捨てる覚悟をし、そして両親の許に向かったんだ。

「なんで判ってくれない? 俺はおまえを愛している。おまえの弱さを知り、そんなおまえを守りたくて、ずっと傍にいて守ってやりたくて、だからおまえと一緒になったのに!」


「わたしを守ってくれるの?」

ジャグジニアの声が急に弱々しくなったようにホヴァセンシルは感じた。


「ならばサリオネルトを殺して。あの男は()(げん)王よ」

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