9 表れた孤独(4)
見回りから戻ったホヴァセンシルが居室を覗くと、相変わらずジャグジニアはドウカルネスを相手に笑い転げている。
「変わりなかった」
ホヴァセンシルが報告すると、
「それは良かった」
いつも通りの返事が返ってきた。こちらに背を向け座るジャグジニアはホヴァセンシルを振り向きもしない。
その代わり、ジャグジニアと向き合って座るドウカルネスがホヴァセンシルに会釈を返す。
(魔女の誘い……)
気が付いていないふりで、ホヴァセンシルも会釈を返す。
何を企むものかは判らないが、魔女が主筋の男を誘惑するなど、よくある話だ。が、もちろんホヴァセンシルは面白くない。できれば追い出したいところだが、ジャグジニアが雇い入れた魔女だし、なにしろドウカルネスがジャグジニアの慰めになっていることは間違いない。
夏至が近いこの時期に余計なトラブルはごめんだが、ドウカルネスの解雇をジャグジニアに促して起こる揉め事のほうが面倒かもしれない。
いったん居室を出、寝室に入る。見回りの時に浮かんだ疑問を確認してみる。
先ほど施した予備室の記録術を呼び出して読み取ってみると、なるほど、ドウカルネスが部屋に入ってきている。予備室に気づくことなく通り過ぎ、ドレスルームに入っていった。そしてすぐジャグジニアの着替え一式を持って戻り、そのまま奥にあるバスルームに持っていった。またすぐに戻ってきて居室へと出ていく。
これで先ほど城の中を調べた時、ドウカルネスの気配を見つけられなかった理由が判った。
それにしても、軽はずみな……どうしてジャグジニアはドウカルネスに寝室へ入ることを許可したのか。それが何を意味するか、判っていてそうしたのか? これで、ドウカルネスは寝室への出入りが自由になった。
再度、入室制限を掛けるにはジャグジニアの力がなければできない。なんといって説得すればジャグジニアはその気になってくれるだろう。
間違っても
「この俺に魔女の誘惑を仕掛けてきたぞ」
などと言えない。それを言って、今のジャグジニアがまともに判断できる状態とは思えない。
「ふぅ……」
ホヴァセンシルがため息を吐く。
せいぜい給金の増額を強請るか、思いあがって北の魔女の夫の愛人にでもなろうというか、そのあたりだろう。北の魔女を相手に何かを企めるほど度胸もあるまいと、ホヴァセンシルはドウカルネスをしばらく放置しておくことにした。
一瞬でもあの『違和感』に関係するのではないかと疑った自分に、『神経が立ちすぎている、落ち着け』と、言い聞かせる。
夕刻の点検と言って部屋を出て、城を巡った。警護する者たちを労い、報告を受ける。みな、変わったことはない、と言う。無論、城に張った結界も、陣地を覆う保護術にも破れがある様子はない。
城の最上階のテラスに立ち、五感を張り詰めて瞑想する。それから、陣地の保護術を強化し、再度、今度は城の中のみに精神を集中させる。気配はいつも感じる。城の警護にあたる者、城の主人の生活を手助けする者、そしてジャグジニア。
「?」
ホヴァセンシルが閉じていた目を開けると、何かを探すように瞳が動いた。どこにもドウカルネスがいない。
それほどの魔女には見えなかった。俺の遠見術から逃れるほどの力を持っているのか? まさか?
この城の中でホヴァセンシルの遠見術が届かない場所はただ一つだ。北の魔女の寝室、そこだけはホヴァセンシルでも破れない保護術が施され、北の魔女本人でさえ覗けないはずだ。
まさか、寝室に他人を入れるとは思えない。しかも、今日雇い入れたばかりの魔女をジャグジニアが入れるだろうか。それともやはり俺が見誤っていて、あの魔女の力は思った以上に強いのか?
もしやジャグジニアに危険が迫っていはしないか? 慌ててホヴァセンシルは居室に戻った。そして予備室に掛けた記録術を確認し、思い違いだったと知ることになる。ドウカルネスは単純に、遠見術無効の魔女の寝室にいただけだ。
どさりとベッドに身を投げる。このままではだめだ。どうすればいい?――ジャグジニアの事、城の事。そして俺は、自分で思っている以上に疲れている。
どうしてデリアカルネの入城を俺は拒否してしまったのだろう。その力は恐ろしいが、味方となればどれほど力強いものか。いくら齢を取って衰えたとはいえ、並みの魔女ではないのだ。しかも、俺を大事にしてくれる伯祖母ならば、信用できる相手であり、疑う必要のない相手なのに。
打診されて、即答してしまった。表面上は保留だが、事実上の拒否だった。元東の魔女を城に入れれば、ジャグジニアは自分を否定されたと思う。ジャグジニア一人に任せておけないから、デリアカルネをギルドは寄越したのだとジャグジニアは思うだろう。
だが、実際はどうだ? ジャグジニアは北の魔女としての任務を完全に放棄している状態で、ホヴァセンシルが代行しているから、なんとかなっているに過ぎない。
そのホヴァセンシルは城に違和感を持ちながらその正体を付き止め切れず、焦燥感ばかりを募らせている。
そして夏至の日はすぐそこに迫っている。




