9 表れた孤独(1)
なんて寂しい人なのだろうと思った。今までどうして誰もこの人を抱き締めてあげなかったのだろう? 愛しているよと言って誰かが抱き締めていたら、この人はこんなに寂しい思いをすることはなかった。そして自分を信じられた。それなのに誰もそうしなかった。だからこの人は自分を信じられないし、誰のことも信じていない。マルテミアはそう思えて仕方なかった。
確かにサリオネルトの話はショッキングだった。
心もないのに数えきれないほどの女性と関係を持ったと、吐き捨てるようにサリオネルトは言った。けれど、それはますます孤独を深めただけだったとも言った。
生まれた時、自分は普通じゃなかった。だから親に捨てられ、里親に預けられたと言った。その里親も自分を扱いかねて、心を許していないのだと知った。
友人で心の穴を塞ごうとしたが、それはまた違うもので、慰めにはなったが決して満たしてくれるものではなかった。
誘惑されるまま、次は女性に頼った。すぐ違うと判ったのに、その時だけは薄れる孤独に、誘惑されればまたそこに逃げ込んだ。
とても弱く、卑怯で、価値のない人間だと自分を酷評する。そして、この人は本心からそう思っている。
マルテミアはサリオネルトを見詰めた。サリオネルトはさりげなく視線を外す。なぜこちらを見ない? サリー、あなたはしっかりとわたしを見て、そして自分を見なくてはいけない。
誰に何を言われようと気にしない。笑顔でいるのは心が動いていないから。どんな顔をしていいか判らないから、笑顔で誤魔化しているから。
どんな人をも受け入れているように見えて、実は誰も受け入れていない。そう見せかけて、それ以上踏み込んで来られないようにしているだけ。
わたしをそっと抱き締めるのは、強く抱きしめて拒絶されるのが怖いから。愛していると囁く声が震えているのも拒絶されるのを怖がっているから……ほんの少しも自信を持てずにいる。
あなたはいつも探していた。信じられる誰か、信じてもよい誰か。そして自分を信じてくれる誰か。あなたはいつも探していた。本当の自分。生きていてよいのだと思える自分。そして生きている自分。
あなたはいつも探していた。自分を愛してくれる心、愛を預ける心、そして愛を分かち合う心。
初めて見たあなたの瞳には表情が感じられなくて、だけど何かを訴えていると思った。それが何かをわたしは知りたかった。無意識のうちに知りたがっていた。だからあなたの瞳に心惹かれて、それが理由でわたしはあなたの傍にいる。
笑わせたいのはわたしのほう。笑顔が見たいのはわたし。心からの笑顔を、あなたに取り戻したい。
あなたの心に喜怒哀楽がないのなら、わたしが一つずつ取り戻してあげる。きっとそのために、わたしはあなたと出会った。
――サリオネルトはマリの動きを窺っていた。マリは何も言わず、この場を去るだろうか。それとも僕を罵って責めるだろうか。
そのどちらかだと思っているのに、マリには動く気配がない。サリオネルトはどうしたものかと、そっぽを向いたまま、マリをこっそり盗み見た。
マリは自分を見詰めていた。優しい眼差しでこちらを見ている。憐れまれた、そう思った。
それならそれで仕方ない、身の程を知らずに望み過ぎたのだ。身体から力が抜けていく……サリオネルトは溜息とともに傍らのベンチに腰を掛けた。
「やはりキミは優しい人だね」
マリを見ずにサリオネルトはそう言った。
「もう二度と、用もないのに話しかけたりしないから、安心して大丈夫だよ」
親にさえ捨てられて、拾ってくれる物好きなんかいるはずもないのに、さらに自分で自分を貶めた。それなのに傍にいて欲しいと、自分を顧みもしないで望むから、こんなことになった。あんなに大事だと思ったマリをも傷付けて、いったい僕は何がしたかったんだろう?
なにも望んではいけない。そんな資格は自分にない。望めばまた、誰かを傷付ける。そしてさらに自分が惨めになるだけだ。
俯いたサリオネルトの視界にマリの影が映る。つい見上げると、マリの腕に包まれた。
「馬鹿な人ね」
マリの声が耳元で聞こえる。
「あなたみたいに馬鹿で弱虫な人には、きっとわたしが必要よ」
胸を突き上げる何かをサリオネルトは感じていた。目の前の視界がだんだんと歪んでいく。息を吸い込めず、吐き出せず、どんどん苦しくなってくる。ついには頬に涙が伝い、口からは嗚咽が漏れる。
「泣きたい時は、泣いていいのよ。怒りたい時は怒っていいの。嬉しい時は嬉しいと言い、寂しい時は寂しいと言っていいの」
サリオネルトの頭を包み込むように抱きながら、マリは心を包んでいった。
「誰もあなたにそれを教えてくれなかったのなら、すべてわたしが教えてあげる」
あのね、サリー、わたしはあなたが好きよ。お願い、わたしを信じて。
答える言葉を持たず、泣き止むこともできないサリオネルトの髪を撫でながらマルテミアが言った。
「わたしには、あなたは宝石のように輝いて見えるの。そしてわたしは、そんなあなたの傍にずっと居たいの……わたしたち、結婚しましょう」




