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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第二部 疑惑 それぞれの思惑

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8  強まった疑惑(4)

 東の魔女が引退し、南の魔女が東に移り、ジョゼシラが南の魔女になると決めた会議が終わった。ホヴァセンシルが居城の自室に戻ると、ジャグジニアが見知らぬ魔女に髪を()いて貰っていた。最近のジャグジニアは次々に新しい魔女を雇い入れるが、気に入らないと言ってはすぐに解雇している。


 雇い入れるときに、もっと考えなくてはいけないよ……反省を(うなが)すと

「あなたにはわたしの気持ちは判らない」

と泣き出してしまう。


 流産からは回復し、体力は戻っている。だが心の傷は簡単には癒えない。それを考えるとホヴァセンシルも強くは言えない。そしていっこうに再開しようとしない北の魔女の仕事を黙って代行し続けている。


 それなのに、毎夜のように求められ『体に障る』と(たしな)めれば、『嫌いになったのね』と泣きじゃくる。仕方なく求めに応じれば、その時は満足して眠るが、夜中に目が覚めればまた求めてくる。朝が訪れ、身支度を整えていると、『やはりあなたは冷たくなった』と(なじ)ってくる。


 そして時には、『こんな自分では嫌われてしまう』と急に言い出し、お願いだから見捨てないでと(すが)ってくる。何があってもおまえを愛しているとホヴァセンシルが言っても納得しない。こんな自分が愛されるはずがないと、泣き続ける。


 正直、どうしたらいいのか判らない。癒術魔導士に相談しても、心の傷が癒えるのを待つしかないと言うだけだ。


 北の魔女をやめさせ、どこかで静養させるのが一番だと思うが、きっとそれはジャグジニアをまた傷付ける提案になりそうで言い出せない。ギルドの状態を考えても、今、北の魔女を空席にするわけにはいかない。


 元東の魔女の伯祖母(おおおば)デリアカルネに相談しようかとふと頭を(よぎ)るときもあるが、このところ急激に年老いた伯祖母(おおおば)に心配を掛けるのも気が引けた。


 両親に相談する気はもとよりなかった。父は病に臥せっているし、母はその看病で手一杯なうえ、ジャグジニアとの結婚を反対していた。


 友人にも言えなかった。ビルセゼルトは多忙を極めているし、ジョゼを探っていた件で気まずくなっている。


 自分は流産したのにと、順調に妊娠を継続しているマリをここのところジャグジニアは快く思っていない。だからサリオネルトにも相談できなかった。


 それがその日、会議から帰って来たホヴァセンシルは、見知らぬ魔女に髪を梳いて貰いながら、にこやかに談笑する妻を見た。妻の笑い声を聞くのはいつぶりだろう? 身体から力が抜けていくような感覚を味わっていた。


「あら、お帰りなさい」

ホヴァセンシルに気が付いてジャグジニアが微笑む。ただいま、と答えながら、戸惑っているのを気付かれないか冷や汗をかく。


「今日から来てもらうことにしたの。ドウカルネスさん。城に住んでもいいと仰るから、二の塔にお部屋を用意したわ」

新顔の魔女を紹介してくるのも初めてだ。


「妻が世話を掛けます。よろしくお願いしますね」

ホヴァセンシルがありきたりな挨拶をすると、ジャグジニアは満足げにまたニッコリと笑んだ。ドウカルネスもニッコリ愛想笑いし、ホヴァセンシルに膝を折って敬意を示してくる。二つ三つ年上といったところか。


 ジャグジニアはすっかり打ち解けてコロコロとよく笑っている。今度は長続きするかもしれない。ホヴァセンシルは軽く会釈すると、着替えるためドレスルームに向かった。だが……


「なんだ!?」


 ドレスルームには、今まで感じたこともないほど強い違和感が漂っていた。何かがいる、そう思えて仕方ない。


 全てのクローゼットを開けて中を調べる。だが、見覚えのない物はない。あえて言えば香料がいつもと違う? いや、同じか……ジャグジニアが好きなムスクだ。誰かに見られている感触もある。遠見されているのかと感覚を研ぎ澄ますが、何も触れてこない。


 今より着る服を持ちだし、良く良く調べ、さらに表術呪文を掛けてみるが、何かの術を掛けられた形跡はない。さらに保護術を掛けてから、やっと着替え、脱いだ服にも保護術を掛ける。でも、ドレスルームのクローゼットに仕舞う気にはなれない。


(早く見つけなければ……)


 あの違和感がこんな間近に、これほど強く浸食している。寝室の片隅に予備室を出現させ、とりあえず、そこに脱いだ服を片付ける。ふと思いついて、記録術をその予備室に掛け、その上で、不見術で邪魔にならないようにした。


 居室に戻ると、相変わらずジャグジニアは機嫌よくドウカルネスを相手に笑い転げている。

「夕方の見回りに行ってくるよ」

と声を掛けると、ジャグジニアは振り向いて明るい顔で

「行ってらっしゃい」

と返事をする。

「行ってらっしゃいませ」

ドウカルネスもホヴァセンシルに視線を向けた。


「……」

重なった視線がそのまま絡みついて離れないような錯覚を、一瞬感じた。何を馬鹿なことを……


 そう思いながら、『あれは魔女の誘いだ』と確信していた。

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