7 見守った心(5)
ホヴァセンシルが涙と怒りをためた瞳で、デリアカルネを睨みつける。
「それ以上見たら、お伯祖母さまでも許さない。ニアをこれ以上侮辱するな」
呆気に取られてデリアカルネがホヴァセンシルを見る。
ホヴァセンシルの一番の獲物が稲妻だと知ってはいたが、それを自分に向けてくることなど考えたこともない。あれをまともに食らっていたら、下手をすれば命を取られる。稲妻が走る瞬間、ホヴァセンシルに躊躇いが見えた。激情の中に残った僅かな冷静、それがなければわたしは可愛い甥孫に殺されるところだった。
デリアカルネがホヴァセンシルの心の中で、最後に見たのはジャグジニアの涙だった。初めて男を知った後の、喜びと不安に揺れる涙だった。それをどうしてもホヴァセンシルは守りたくて、伯祖母相手に攻撃を仕掛けた。あるいはその直前の出来事を見られるのがイヤだったからか? そりゃあイヤだろう。が、甥孫が女を抱くところなんか見たかないと、そのあたりをすっ飛ばすとは思いもしなかったのだろう。
はっきりと『ニアを侮辱するな』とこの子は言った。羞恥心からではなく、恋人の名誉を守りたくてこの子は怒りを滾らせた。どちらにしろ、負けたと思った。若い純情には勝てない。
そう言えば、とデリアカルネが言った。
「夫とは、出会ったその日の内に愛を確かめあった」
急な告白に、しかも伯祖母のそんな話など聞いた事がない。ホヴァセンシルがどう対処したものか、目をぱちぱちさせてデリアカルネを見る。
「すぐ、ギルドに結婚したいと連絡を入れた。でも、三日待たされた。ギルド長の都合がつかなかったことと、立会人の選別に時間が必要だった」
そしてその三日間、わたしたちはずっと抱き合っていた。
「もちろん、ベッドで、だよ」
と、ホヴァセンシルにウインクを投げる。
「お伯祖母さま?」
まさか、的を外したつもりで投げた稲妻が、どこか良くないところに当たったのだろうか? ホヴァセンシルが不安になる。
「そんな顔をするんじゃないよ。ボケけるにはまだ時間がある……わたしにだって若く美しい頃があったって話だ」
ケラケラとデリアカルネはまた笑う。
「あんたを見てて、昔をちょっと思い出しただけさ」
まぁ、激しく求めあった夫も、わたしを残して先に逝ってしまったけれどね。
「あ。そうそう、教えておいてあげるよ。魔女はね、絶頂で落雷を呼ぶ。落雷させられないと飽きられちゃうからね、頑張るんだよ」
「お、お伯祖母さま?」
デリアカルネが何を言い出したのか、ホヴァセンシルは戸惑うばかりだ。
さてと、さっさと帰って可愛い彼女にプロポーズしたらどうだい? デリアカルネがホヴァセンシルに発破をかける。
「あんたの母さんにはわたしが説教しておくよ。相手が誰であろうと、結婚するのは息子なんだ……ジャグジニアの親は反対しないはずだ。なにしろあんたは若手魔導師の中じゃ注目株、そのうえわたしの甥孫で父親はカガンセシル、血筋としても向こうよりずっと上位だ」
セリシアナには、本人に覚悟ができているなら、あんたはそれを応援してやらなきゃいけないって言ってやるよ。
「それじゃあ、お伯祖母さまは俺とジャグジニアを許す、と?」
恐る恐るホヴァセンシルが確認する。
「反対すると思ってビクビクしていたんだろうけど、もともとわたしはあんたとジャグジニアが一緒になるのには大賛成さ。ただ、三か月で決めたって聞いたから、驚いただけ」
自分は即日決めたと、今さっき言ったばかりなのを棚に上げてデリアカルネがまた笑う。
「南のジョゼシラにはビルセゼルトがついた。西のマルテミアにはサリオネルト、ここで北のジャグジニアにホヴァセンシルが付けば、均整も取れるというものさ。あとは東、わたしの後継者にいい魔女が見つかるといいのだけれど」
本当はその魔女とホヴァセンシルを一緒にさせる目論見もあって城住みになれと誘ったが、そんな事はおくびにも出さない。
「あぁ、だけどそうなると、あんたがわたしの城に来るのは無理だね。ま、そこはどうにか調整しよう。あんたは弟のクリエンシルが一人立ちするまでは北の城から通って、父親を手伝いなさい。北の魔女の補助役との兼任は、ちょっときつい仕事かもしれないけれど、なぁに、まだ若い、大丈夫」
それとね、あんたには言っておきたいことがある。
「ホヴァセンシル、おまえの情に篤いところはいいところだ。だから大勢から支持される」
けれど、時には非情になることも必要だと学ばなくてはいけないよ。
「理屈が通れば正しいってもんじゃない。そうかと言って、情け深ければ良いというものでもない。とても難しい事だけれど、それだけにとても大切なことだよ」
さぁ、お行き。行っておまえを待っている人を安心させておあげ。
ホヴァセンシルのもとに、母親から婚約の祝いが届けられたのはその二日後のことだった。そしてジャグジニアが北の魔女の城に入る日、婚姻の誓いを終えて、ジャグジニアとともに北の魔女の城に入城した。
それから三年と数か月が過ぎている。半年は何事もなく、夫婦仲もよく、デリアカルネの言った落雷の意味も知った。ますます美しくなっていく妻が、自分を頼り愛してくれている。妻への思いもいや増すばかり、幸せな日々だった。
ただ、城に感じた違和感が薄れることがない。こちらの隙を伺っているように思えてならない。けれど、どう探しても原因が見つからない。幸せ過ぎて、それが不安になっているのだろうか? ホヴァセンシルはそう思うことにした。
だが……すべて順調に思えたのは半年だけだった。ホヴァセンシルの父、魔導士カガンセシルが病に倒れたのだ。その時は、これが違和感の正体か、と思った。何かがあると、第六感が働いていたのだと思った。
それなのに、ジャグジニアが体調を崩したことで城に戻ると、あの『違和感』はさらに強まっていた。父の病は関係ない――
『違和感』の正体を、今度こそ付き止めると、ホヴァセンシルは心を決めた。




