6 決断された恋(4)
それにしても、とカガンセシルがふと笑う。
「次代の統括魔女たちは男を見る目があるな。みな、いい男を捕まえた」
我が息子ホヴァセンシルは、神秘術を操ることは人並み以上、その上、まだまだ伸びしろがある。一見、道化者に見えるが実はこれでいて結構な策士だ。目的遂行のための計画を立てることに長けている。
「買被りだよ」
ホヴァセンシルが慌てるが、カガンセシルは構わず続ける。
「そして愛を知っている」
家族に対する愛情が深く、そして受けた愛に応える心も持っている。
「おまえがこの家に帰れないと結論を出すのにどれほど悩んだか、父さんには想像が付いている。おまえに親兄弟は捨てられない」
だから、反対するのはやめようと思った。子と言えど、いつかは必ず自分の家族を持つものだ。その相手を見つけてきただけの話、親ができることは祝福することだけだ。
父の言葉にホヴァセンシルが俯く。何も言えなかった。言えば泣いてしまいそうだった。
「そしてビルセゼルト。容姿の良さで子どものころからチヤホヤされ、少々心配していたが、もともとの性格は真面目なのだろう。努力を怠ることなく、魔導士学校でもずば抜けて優秀な成績を修めている。そして、機を見る判断力、本質を見抜く観察力は天性ものだ」
それを自覚はしていないようだが、その二つを持つ彼は指導者に相応しい。
スナファルデの事件の影響で、魔導士学校の教職につくことが決まったがそれもまた適職だろう。その能力をうまく生かし、生徒の質を見抜いて上手に才能を伸ばす手助けをするに違いない。この先、ギルド長になるが、自分が育てた優秀な魔導士たちに囲まれ、彼の体制は年を追うにつれ盤石なものになっていくはずだ。今の魔女ギルドも魔導士ギルドも彼の才能を認め、期待している。
もともとは南の魔女が彼を見込んで自分の娘を託した。最初はあの二人、ぎくしゃくして、特にジョゼシラはビルセゼルトを嫌悪していた。それがいつの間にやらジョゼシラのほうがビルセゼルトを追っている。ビルセゼルトの誠実さがジョゼシラを夢中にさせた。
「ジョゼシラを、おまえはどう見た?」
「うん、父さんに言われて暫く観察したけれど、あの力は噂通り並ではない、なんてものじゃ納まらない」
あの齢で遠見、遠聴はもちろん、独り立ちした魔導士でも難しい治癒術を軽々と熟す。術使いとしても注目するところだけれど、それ以上に放出するエネルギーが半端ない。
ビリーとニアに聞いた話だけれど、癇癪をおこすと暴風雨が吹き荒れ、スパークをいくつも迸らせる。エネルギーが尽きるまでそれをやり続ける。南の魔女でさえ手を焼いて、時には放置するそうだ。
「それをビリーは抑えられる。たぶんビリーにしか抑えられない」
「南の魔女の見込んだ通りか」
「それに、面白いことに気が付いた」
みんなはジョゼのかかあ天下になるとみているようだが、ジョゼはビリーに逆らえない。ビリーはジョゼに、一見甘いがなんでも譲るということはない。むしろ最後にはジョゼが折れている。
「惚れさせた者の勝ちだ」
カガンセシルが愉快そうに笑う。だがそれならば、ビルセゼルトがジョゼシラの近くにいる限り、ジョゼシラが問題を起こすこともない。
「そしてサリオネルト。こちらはどうだ?」
「ヤツは、うーーん、よく判らない」
サリーを評するなら、『何しろ人当たりがいい』という事を特筆する。誰が何を言おうと、怒ったり、声を荒げたりしたところを見た事がない。だからと言って他人に媚びているわけではない。いつでも凛としているが、それが自然体だ。
身のこなしも穏やかで、むしろ、優雅と言ったほうがいいのに、身体を良く鍛えているようで、力強さを動作から感じる。神秘術に体力も不可欠なことを考えてのことだと思う。
ビリーとまるで正反対のように見えて、やはり似ている。真面目で努力家で慎重なビリーに対し、どこかふわふわして掴み所がないサリー、最初はそう思ったけれど、サリーの守りは固い。きっとおおかたのことは大したことではないと流していて、肝心なところでは真っ直ぐで努力を怠らず、そして堅実だ。
それを裏付けるようにサリオネルトの呪文に関しての見識の高さは呪文学の教師でさえも舌を巻く。ほかの学問も押しなべて標準以上の成績だ。
卒業年度に編入してきて、それまで家で学んでいたとのことだが、あっという間にビルセゼルトや俺と並ぶほどの成績を修めている。呪文学は俺やビリーがどう頑張っても追いつかないほどの好成績で、学校始まって以来と教師に言わせた。暇だったからよく本を読んでいたと言っていたが、呪文学の本が多かったのかもしれない。
読心術を試みると、簡単に心が覗ける。まるで無防備だ。けれど、良く良く読み取ろうとすると、実はサリーが読ませても問題ない部分しかこちらに見せていないことに気が付く。
そのことに気が付いた途端、
「人には誰しも、他人に知られたくないものがあるものだよ。おまえだってそうだろう?」
と、送言術を使って涼しい顔でさりげなく言ってきた。そこに怒りなど一切感じなかった。悪戯を見つけられた子どものような気分にさせられ、こちらは赤面するしかなかった。
「絶対に勝てない、と思った。コイツと事を構えたら必ず負けると思った」
「随分怖い思いをしたようだな」
「うん、あの力は怖い。昔の元気なころの婆さまより怖いと思った。思い出しても身体が震える」
だけど、サリーを嫌いになれない。あいつは相手を傷付けるやりかたをしない。時おり皮肉を口にするが、よく考えないと皮肉だと気が付かない。けれど心に残る言葉を選んでいるから、ふとした時に皮肉に気が付く。その皮肉がこちらを心配してだと同時に気が付く。
いつでも包み込むような視線を周囲に向け、話す声も穏やかで、こちらの心の中に言葉を飛ばしてきても、それはとても温かった。
「なるほど、そんな男を射止めたマルテミア、やはり男を見る目があるというしかないな」
そしてカガンセシルは何かを考え込んだ。
「父さん?」
「いや、済まないな、ホビス。おまえに友達を裏切るような真似をさせた」
「必要もないのにそんな事をさせる父さんじゃないと、知っているよ――南の魔女が絡んでいる?」
「いいや、東の魔女だ」




