6 決断された恋(2)
ジャグジニアはホヴァセンシルの気持ちに気づいているのかいないのか、すぐに打ち解けてくれ、冗談に大声で笑ってくれる。母親が魔女、叔母にも魔女がいて、しかも伯祖母は東の魔女、魔女を怖がらないホヴァセンシルを、変わり者とジャグジニアは揶揄って楽しげに笑った。けれどどんなに仲良くなっていっても、ホヴァセンシルの期待に反して、それが恋愛に発展しそうな予感は全くなかった。
それがあの空間でたまたま二人きりになったとき、心臓の音を聞かれはしないかとビクビクしていたら、『じれったい人ね』と言われてしまった。みるとジャグジニアは目にいっぱい涙をためている。
「わたしにするの? しないの?」
すぐには答えられなかった。その顔を見るのに夢中だった。自分のせいでこのコは泣いている。自分を求めてくれている。愛しいと思う相手が泣いているのに、心は酔いしれるような喜びに満ちている。
たまらず抱き締め口づけしようとすると、抗いもせず抱き締められながら、ジャグジニアは掌で口づけを拒む。その手を握ってホヴァセンシルは言った。
「俺はおまえが好きだ。おまえに夢中だ。おまえは? おまえは俺が好きか?」
ジャグジニアは握られていた手を解き、ホヴァセンシルの首に回すと自分から唇を重ねた。
ホヴァセンシルは言葉通りジャグジニアに夢中で、それからというもの、あれだけ熱心だった学業が疎かになる。彼女に呼び出されれば、たとえ授業があっても抜け出して会いに行く。
心配したサリオネルトに『自分を見失うと、相手をも見失うよ』と言われ、かなり反省し、授業をサボることはなくなったが、傍から見るとジャグジニアの言いなりだった。けれど二人の交際をリードしていたのは実際はホヴァセンシルだ。
当時のジャグジニアはまだ、術の多様性や器用に使いこなすことにかけてはホヴァセンシルの足元にも及ばず、自分ができないことを上手に教えてくれるホヴァセンシルを尊敬し、恋心を募らせた。ホヴァセンシルは彼女の寂しさもわがままも弱さも、すべてを受け入れてくれる。そして抱き締めて、『愛しているよ』と囁いてくれる。情熱的な恋人は、初めての恋に燃え上がるジャグジニアを虜にした。ホヴァセンシルがジャグジニアの願いを拒めないのと同様、ジャグジニアもホヴァセンシルを拒めない。
そんな中、ジャグジニアが北の魔女と決まる。西の魔女がマルテミアと決まった時、実はホヴァセンシルはホッとしていた。卒業したら街に戻り、そこで街の魔導士として勤めている父親を手伝うつもりでいたのだから、ジャグジニアにはできれば城詰めの魔女辺りに納まって欲しい。それなら街から城に通えばいいから、なんの問題もない。ところが思いもよらず北の魔女に選出され、ジャグジニアは北の魔女の居城に住みかを定めなくてはならなくなる。
父親は多忙だった。ホヴァセンシルの助力を何年も待っている。一緒に仕事するのが楽しみだと、子どものころから言われ続け、ホヴァセンシルもその日が来ることを目指して励んできた。
それに伯祖母で東の魔女デリアカルネから、東の魔女の城住みの魔導士になって欲しいとの依頼も来ていた。ジャグジニアとのことがなければ、東の魔女の居城から街に通うことになっただろう。東の魔女に背き、北の魔女と契れば、どんな騒ぎになるか予測もできない。
ホヴァセンシルがジャグジニアと一緒になるには、東の魔女を納得させ、両親を納得させなければならなかった。
暫く会えないかもしれない、とジャグジニアに言うと
「どうして? なぜ?」
と涙を浮かべる。
「少しの間、夜、出掛けなくてはならなくなった」
親戚一同が集まって話し合わなくちゃならないんだと、ホヴァセンシルはジャグジニアに言った。
「それってひょっとして、あなたの進路に関係する?」
ジャグジニアに隠し事をするのは難しい。頷くホヴァセンシルにジャグジニアが詰め寄る。
「帰ってくる? ちゃんとわたしのところに」
すがるジャグジニアに
「当り前じゃないか」
と答えたが自信はない。齢を取ったとはいえ東の魔女に、自分が対抗できるとは思えない。
「どこにも行ってはイヤ」
ジャグジニアが縋りつく。その身体を抱き締めながら、ホヴァセンシルはふと思ってしまった。
「二人でどこかに逃げようか?」
ハッとジャグジニアが顔を上げる。ホヴァセンシルが、さらに強く抱きしめてくる。
「一生大事にするよ。全てに賭けて誓う」
いつもと違うホヴァセンシルの口づけが、何を求めているのか、まだ気が付いていないジャグジニアだった。




