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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第二部 疑惑 それぞれの思惑

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6  決断された恋(1)

 北の魔女の居城を見回りながら、ホヴァセンシルは『何かが可怪(おか)しい』と感じていた。


 初めてこの城に入り、暮らし始めたころから感じていた違和感がさらに強まり、むしろ己の存在を誇示しているようで、それでいて巧みに姿を隠している。まるでこちらの戸惑いを楽しんでいるようだ。後ろに気配を感じて振り返ると何もない、それによく似ていた。


 入城してすぐ、前任の北の魔女と、新たに北の魔女となった妻ジャグジニアの三人で城を回り、結界の張り直しをした。その時にも違和感はあった。どこかに張り足りないところがあるように感じてならなかった。


 だが、前任の魔女もジャグジニアも気のせいだと口をそろえる。魔女二人にそう言われては、魔導士ごときがそれ以上の異を唱えられることではない。慣れない環境に神経が立っているのだと、その時は納得するしかなかった。


 そしてそれから半年、この城で暮らした。昼間は街の魔導士である生家に赴いて仕事の手助けをした。夜は城に戻り、惚れ抜いた妻と幸せに満ちた甘い時を過ごした。


 ホヴァセンシルの初恋は市井の娘だった。最初はお互いに夢中になったが、やがて破局が訪れる。『あなたは普通じゃない』と言ってその娘は去っていった。確かに彼女にとって魔導士のホヴァセンシルは普通の人間ではなかったのだろう。傷ついたホヴァセンシルを慰めたのは、魔導士学校の同じ寮の娘だった。穏やかな彼女はホヴァセンシルに自信を取り戻させ、優しさで包んでくれた。


 けれども魔女でない彼女は魔導士としてもそこそこで、ホヴァセンシルはいやでも自分との力の差を感じ、自分に付いて来れない相手に不満を感じるようになる。


 最初に夢中になった相手がそもそも市井の娘だったのだから、なんて勝手なんだろうと自分でも思ったが、物足りないものは物足りない。いつしかそれが相手にも伝わり、二人の逢瀬は間遠になった。


 ジャグジニアのことは学校入学と共に知っていた。


 黄金(こがね)寮の二人の魔女は校内随一の力を持つと言われていた。そしてジャグジニアは入学当初から、その美貌で注目されていた。同学年なのだから授業で一緒になることもあり、その顔も知っていた。噂通りの美人だ……でもそれだけだった。


 力の強い魔女と言うだけで敬遠されがちなのに、ジャグジニアはその容姿で多くの男子学生の心を惹きつけていた。が、なかなか落ちない。プライドが高いのだと口さがない連中は言いふらした。結局、最終学年まで、ジャグジニアが誰かと付き合っているという噂は聞けなかった。


 ホヴァセンシルは同じ寮の娘と自然消滅した後は、これと言った恋愛沙汰はなかった。そもそも自然消滅の原因は魔導士としての勉強が面白くなったからだ。学べば学ぶほど奥が深く興味は尽きることがなかった。女の子と遊ぶ暇があるのなら、少しでも勉学に励みたかった。


 成績はどんどん伸び、実力も添わって来れば、学内一の魔導士と言われたビルセゼルトに及ばずも互角に近い力を持っていく。


 サリオネルトと懇意になったのは偶然ではなかった。


 伯祖母(おおおば)で東の魔女デリアカルネから目を離さないよう言われ、近づくチャンスを狙っていたところに、赤金(あかがね)寮の寮生ブランシスが従兄のサリオネルトを寮の談話室に連れてきた。これをホヴァセンシルは逃さなかった。


 サリオネルトは穏やかで屈託がなく、そして誰をも受け入れる懐の広さを持っていた。ホヴァセンシルはサリオネルトのそんな底知れなさに不安を感じたが、仲良くなるのは容易(たやす)い相手だった。


 伯祖母から異端を感じたらすぐに教えるよう言われていたが、そんな感じはサリオネルトから漂ってくることはなかった。そして他の学生同様、サリオネルトに好感を持つ。


 そんな時、サリオネルトから頼みがあると連れて行かれた場所にジャグジニアがいた。サリオネルトとすでに交際していたマルテミアとは少しだけ同席したことがあったが、ジャグジニアと話をするのは初めてだった。


 動物の操作術を教えてあげて欲しいとサリオネルトに言われ、一瞬、忙しいと断ろうと思ったが、不安げに自分を見詰めるジャグジニアから目が離せず、結局二つ返事で請けてしまった。


 あいさつ代わりに二人の魔女を怖がる素振りを見せたホヴァセンシルに、脅すような冗談を言い、そして『わたしは怖くない魔女よ』と更に冗談を重ねたジャグジニアの、その表情にほんの少しの陰りを見た。


 あぁ、このコは強い力を持つばかりに怖がられることが多いんだ、と思った。そしてそれを寂しがっていると感じた。それがサリオネルトの頼みを引き受ける引き金にもなった。


 会うたびに、ジャグジニアの自信と不安に揺れる心を感じた。ジャグジニアから強烈な力を感じるのに使いこなせていないのは一目瞭然、力に自信はあるが、使えていないと自分を否定する。揺れ動く自分を隠すために強がりを言い、気の強い自分を装おう。


 初めてあったあの日、近くにいた小鳥をちょっと呼び寄せただけなのに驚いて、すごいと称賛してくれた。気が強くて我儘、だけど、素直でもある……自分が動悸を感じているのは、ジャグジニアが原因だと自覚せずにはいられなかった。


 ジャグジニアに夢中になるのに時間はかからなかった。あんな美人が相手にしてくれるはずもないと思いながら、あのベンチの空間に通い、どうしたら気を引くことができるのか思い悩んだ。

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