5 語り始めた星(4)
ビルセゼルトとジョゼシラの結婚式から数か月後のことだ。
西の魔女の居城・星見のテラスでサリオネルトが難しい顔をして、星見魔導士に詰め寄っていた。
「間違いないか?」
「間違いございません」
星見が断言する。
「マルテミアさまのご出産は夏至の日、時刻までは確定できません」
「先日、『発端』の後に、『誤解』が現れ、続いて『逡巡』が現れたと言った。それとマルテミアの懐妊と何か関連はあるのだろうか?」
「ございません。が、もともと存在していた『誕生』が示すのは、まずマルテミアさまのご出産で間違いありません。大きな力を持つ魔女の出産を星が示すのはよくあることでございます」
「うーーん。『誕生』と『落命』が揃っていると言っていた。それは死産ということか?」
サリオネルトの声が震える。
「いいえ、サリオネルトさま。マルテミアさまは元気な男児をご出産なさいます」
そうか……サリオネルトが胸を撫でおろす。
「前回の流産でマルテミアは憔悴していた。同じ思いを二度とさせたくない」
星見魔導士は畏まった姿勢のまま、サリオネルトを見ようとはしなかった。
訊かれない限り、聞かせたくないことは口にすまい……星が示す運命は魔女や魔導士でもどうにもならない。星見としての仕事は対策が打てる事項を伝え、アドバイスすることだと心得ていた。
「そうか、わたしが父になるか……男の子の父親になるのか」
サリオネルトはしばらく喜びを噛み締めていたようだったが、やがて
「それで、夏至の日について何か新たな動きは?」
と星見に尋ねた。
「次の夏至の日についてはこれと言って動きがありません。星はあれきり沈黙を守っております。『示顕王』の動きを待っているのでしょう。ただ、『逡巡』は北を差しているように思われます」
「また北、か――」
ビルセゼルトとジョゼシラの結婚式の時、サリオネルトはこっそりジャグジニアの心を覗いてみたが、これと言って収穫はなかった。
ジャグジニアがホヴァセンシルの不在に不満を抱いていることと、子どもを欲しているのはよく判った。それが、心配しなければならない事とは思えない。だがただ一つ、気になったことがないわけでもない。
心の片隅に隠心術が掛かった場所があった。誰にでも他人に知られたくない秘密が一つや二つ、いやそれ以上あっても可怪しくない。だから隠心術を掛けた部分があってもなんら不審ではない。しかし星見の言葉もある。
それに……あの隠心術はジャグジニア本人の仕業なのか? それともホヴァセンシル、あるいはまったく別の誰かか? そのあたりが読み取れなかったことも気にかかる。サリオネルトは配下の者に、本人には知られないようジャグジニアを監視し、場合によっては保護するよう手配した。
「次の夏至ではありませんが」
控えめに星見の魔導士が告げる。
「次の夏至から更に二十二年の歳月の後、『再生と融合』と言う珍しい星が出現いたしました」
「それは『再生』と『融合』ではなく?」
「はい、一つの星が二つを現す珍しい星です」
これについては暫くお待ちください。古文書などを繙いて、調べてまいりますと、星見の魔導士が頭を下げた。
「夏至の日のことではありませんが」
さらに星見の魔導士が言う。
「いつぞや北に何かが潜んでいるとご報告差し上げたことがあったかと」
「うん、何が潜んでいるのか判ったのか?」
「それが……『悪魔』が出現の時を待っているようでございます」
「悪魔?」
サリオネルトが訊き返す。
「悪魔、とは?」
「古より存在するものの、誰もその実体を見たことがないと言われております。古文書には『人々の怨みや怒り、呪いなどを喰らって生きる』とございます」
「悪しきものであることには間違いなさそうだな。倒さねばならぬ相手か? そして倒せる相手か?」
「倒すべき相手かと。そして人が悪魔に屈した歴史はございません」
そうか、とサリオネルトが腕を組む。
「魔女ギルド・魔導士ギルドに報告したほうがよいか?」
「それは次期尚早かと。悪魔はまだ現れておりません。北と言っても北が何を差すのかも不明です。悪戯に騒ぎ立てれば、それこそ付け入る隙になりましょう」
判ったと、サリオネルトは言い、星見の魔導士にねぎらいの言葉を掛け、
「時は迫りつつある。少しでも変化があれば、すぐにでも知らせて欲しい」
と、姿を消した。
自室に戻ると、居間に妻の姿はない。世話係の魔女が控えていて、寝室にいると言う。その魔女に食事の支度を頼み、様子を見てくると言って寝室に向かう。
マルテミアは悪阻が酷く、このところ臥せっていた。それでもサリオネルトの顔を見ると、パッと顔に赤みが挿す。
「遅くなった。どうだ、体調は」
横たわる妻の傍らに腰を掛け、顔を覗き込む。
「不思議ね、今の今まで憂鬱で仕方なかったのに。あなたのお陰で気持ちが軽くなりました」
「食が細いと聞いているよ」
「悪阻なのですもの、仕方ありません。直に良くなることでしょう」
「何か、食べたいものは? どんなものでも取り寄せるよ」
するとマルテミアが笑う。
「魔導術を使って生らせた物は、どれも味が落ちてしまいます」
「しまった、季節でない物をねだられたら、どう対処したものか」
「今日はね、リンゴとオレンジを美味しくいただきました。そんなに心配ばかりしてはいけません。それよりも、お食事がまだでしょう? 召し上がっていらして」
うん、判った、またすぐに戻る……妻の額に口づけると、サリオネルトは寝室を後にした。




