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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第二部 疑惑 それぞれの思惑

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5  語り始めた星(1)

 北の魔女の居城・ジャグジニアの寝室で、先に目を覚ましたのは夫のホヴァセンシルだった。もうすぐ夜が明けてしまう。すぐに帰ると言って出てきたのに、つい長居をしてしまった。夫の気配にジャグジニアも目を覚ましたようで、

「もう、行ってしまうの?」

引き止めたがったが、ホヴァセンシルはその頬に口づけをすると、身支度を始めてしまった。


 最初の約束では、ホヴァセンシルの弟が魔導士の資格を取るまでは父親の仕事を手伝うが、そのあとは北の魔女の補助役に徹するはずだった。


 ホヴァセンシルの父親は複数の街の魔導士を兼任しているうえ、周辺の街の魔導士のまとめ役でもあった。ただでさえ多忙な毎日を送り、息子の手助けを待ちかねていた。


 その父を助けるためホヴァセンシルは、ジャグジニアが北の魔女として城に入ると同時に城に入り、父親のもとに通うことにした。それが半年も経たないうちにホヴァセンシルの父、魔導士カガンセシルは病に倒れ、後を継がないわけにはいかなくなった。


 街を留守にするわけにはいかない……城を出て生活の拠点を元の街に戻すというホヴァセンシルをジャグジニアは泣いて引き留めたが、『許してくれ』と言うだけでホヴァセンシルは城を出、ジャグジニアのもとに通うようになった。そして弟も晴れて魔導士となり、兄弟で街の魔導士を勤めるようになると、ホヴァセンシルが城を訪れる頻度は多くなったものの、弟だけでは勤まらないと、やはり城に戻ってくることはなかった。


 行ってくるよ、と言う夫に、次はいつ帰ってくるの? と妻が問う。

「なるべく早いうちに」

いつも通りの答えが(むな)しい。


 二人が過ごした王家の森魔導士学校の校史に『初めて生徒が狼煙を上げる』と刻まれたあの出来事から三年が過ぎた。


 魔導士ギルドの内紛は結局、有耶無耶(うやむや)にされ、魔女ギルドを怒らせたが、スナファルデがまんまと逃げおうせ姿を消したのがその原因と知れば、魔女ギルドも(ほこ)を収めて、魔導士ギルドと一体になって逃亡者の後を追うしかなかった。


 魔導士ギルドの長だった男の力を見縊(みくび)ってはいけない。いずれ姿を現し、現体制を脅かすのではないか。備えるにはやはり協力した方がいい。おかげで街の警備も強化され、街の魔導士たちの仕事も煩雑となり、ホヴァセンシルの仕事量も増大した。


 それは東西南北の魔女たちにとっても同じ事、もともと理由もなく居城を出ることが許されていないうえに、四六時中陣地に目を配り、気を配り、休む間もない。


 仕事が多忙を極めている場合、何年も時を過ごした夫婦なら、いない方が気が楽となることもあろうが、まだ若い夫婦ではそうもいかない。常に相手の不在を嘆くことになる。ジャグジニアとホヴァセンシルもそうだった。


 部屋を出ようとしたホヴァセンシルが、『そう言えば』と振り返る。

「ビルセゼルトとジョゼシラの結婚式には一緒に行けるように予定を組んだ」

一日一緒にいられるよ、と妻に微笑む。ジャグジニアがニッコリと笑みを返すのを見て安心し

「それじゃあ、行ってくる。なるべく早く帰る」

ホヴァセンシルは部屋を出た。


 しばらくホヴァセンシルが消えたドアを見詰めていたが、やがてゆっくりと起きだし、長い髪をさらりと振り分ける。三年の間にジャグジニアの美貌はますます輝きを増し、昨夜夫に愛されたその裸体は瑞々しさを(たた)え、艶を増している。


 エメラルドグリーンのローブがジャグジニアをふわりと包んだ。窓から朝陽が差し込むのを見るとジャグジニアは城を巡り、そこかしこに配置された魔女や魔導士に声を掛ける。


「変わりはありませんか?」

ジャグジニアの問い掛けに、魔女も魔導士も昨夜の落雷を口にすることなく、

「平穏でございます」

とだけ答える。みな数回の落雷が城の(あるじ)の喜びがもたらしたものと知っていたが、それを口にするほど野暮(やぼ)ではなかった。


 最後に城の最上階に設えられたテラスに立つと、ジャグジニアは両手を空に向けて、己が陣地の保護術を強化した。そしてしばらく瞑目し、姿を消した。


 ジャグジニアが向かったのは城の地下、ジャグジニア以外の侵入を決して許さない秘密の部屋、夫にさえ打ち明けていない秘密を閉じ込めた部屋だった。閉じ込められた『秘密』がジャグジニアの訪れに気が付いて、薄ら笑いを浮かべている。


「昨夜はおまえの夫も頑張ったようだな」

しわがれた声が部屋の壁に籠って聞こえる。

「いつもなら精々二回といったところが、昨夜は三回、いや、四回、いいや落雷は五回あった」


 ゲラゲラと『秘密』が笑う中、部屋の中央に置かれた台座から銀の杯を取ると、ジャグジニアは中身を『秘密』にぶちまけ、部屋の片隅に湧き出ている泉水の水で杯を満たし元の台座に置いた。


 ジャグジニアに聖水を浴びせられた『秘密』は寸時苦しんだようだが、すぐにまたせせら笑い(・・・・・)をしながらジャグジニアを(さいな)み始めた。

「どんなに頑張ったところで、おまえの望むものは得られないだろうさ。こうも間遠では子が授かるのは難しい」


 哄笑する『秘密』をちらりと見ただけで、ジャグジニアは再び姿を消した。

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