4 結ばれる二人(6)
こんな無茶な力の消費は初めて見ました……マリが連れてきた癒術魔導士が呆れかえる。
「こんな事を繰り返したら寿命が縮みますよ」
エネルギーが残り僅かとなり、体温を維持することすらままならない状態です。すぐにベッドに運び、温めたのは正解ですね。何しろ温め続けなさい。そう言って癒術魔導士は部屋を出て行った。それと同時にベッドルームに暖炉が現れ、赤々とした炎が燃え上がる。どうやらサリーの仕業らしい。
癒術魔導士が、何に力を使ったかを追求しなかったのもサリーが術を掛けたのではないかとビリーは推測していた。知らない間にサリーは自分を追い抜いている、そう思わずにいられなかった。
ついこの間まで魔導術とは無縁だと思っていた弟が、ほんの数か月の間に自分を上回る術の使い手になっている。
「遠見はそれほど力を使わない。読心も同じ。どう考えても癇癪が原因だよね」
ジョゼを見ながらサリーが言う。あんな凄まじいエネルギーの放出は初めて見た。
「ジョゼは良く癇癪を起こす?」
「最近はなかったんだけどね。よっぽどホビスが腹立たしかったんだろう」
ビリーがジョゼの頬を撫でながら言う。
「稲妻と風の二つがジョゼの本質か。水を使うことはないの?」
とサリー。
「自分の部屋を水浸しにしたくなかったのでは?」
ビリーが苦笑する。
「あるいは泣いていたから、涙で手一杯だったのかも。たまに火花を散らすこともあるね」
「じゃあ、暴風雨を引き起こす? なるほど、ジョゼが南の魔女になったら、ご機嫌斜めのたびに陣地は暴風雨で大荒れだ。抑える誰かが欲しいのも納得だね」
クスッとサリーが笑う。
「しかし、戦闘力は高そうだ。是が非でも喧嘩は避けたい相手だな」
「そう言えばさ、サリーとマリは喧嘩とか、したことないの?」
とビリーが問う。
二人は顔を見合わせたが、
「今のところないわ」
とマリが答えた。
「マリは温和しいから、サリーに従ってばかりなんじゃない?」
だとしたら、サリーにはちょうどいい相手なのかも知れないと思いながらビリーが問う。相手に会わせてばかりのサリーも、そんな相手ならリードしないわけに行かない。
サリーはちょっと苦笑いしたようだ。
「ううん、いつも我儘を聞いてくれるのはサリーのほうよ」
マリの答えに、当てが外れた思いのビリーに、今度はマリが質問した。
「ねぇ、もしビリーが寝込んだとして、目を覚ますとわたしとニアとジョゼの三人に囲まれてる、そんな状況だったら最初になんて言う?」
「え? っと、それって今回のサリーのようなってこと?」
うんうん、とマリは頷き、サリーはそっぽを向いてニヤッと笑う。
「そうだなぁ……三人の美女に囲まれて、幸せだな、とか光栄だな、とか言うんじゃないかな。まずは敬意を示さなきゃ」
応えるビリーに
「それだけ?」
と更にマリが畳みかける。
「あとは、普通に、ありがとう、とか。ねぇマリ、何か俺に言わせたいことでもあるのかい?」
マリはサリーと顔を見合わせて笑う。
「やはりビリーはジョゼに殴られる運命なのね」
なんだ、それは、と訝るビリーに、サリーが目覚めた時の様子を話すと、ビリーも苦笑いする。
「なるほどねぇ。ジョゼはよく俺を知ってるってことだ」
そして
「俺とサリーの違いって何だろうね」
と呟く。
「なんだそれ」
と言ったのはサリーだ。
「別の人間なんだから、違いを探すより類似点を探したほうが賢明だ」
と答えるサリー、その言葉にビリーは、更に自分と弟の『差』を感じずにはいられなかった。
三人が話していたのはジョゼが眠るベッドの横で、暖炉の前だ。
流石に暑いね、と誰からとも言いだした頃、ようやくジョゼが目を覚ました。どうやらすっかり回復しているようだ。
「暑い……」
の一言、ムクっと上体を起こし、バサッと掛け布団を放り投げた。そして暖炉に気が付くと、サッと指さしたが、首を傾げる。暖炉が消えないことに不審を感じたのだ。
「この暖炉を出したのはいったい誰?」
「僕だよ」
とサリーが答えると、
「なるほど、わたしに回復呪文を投げていたのもあなたか」
もう一度、暖炉を指さす。
《魔導士ジョゼシラの名で命じる。サリオネルトが呼びし暖炉よ、消えよ》
それでも暖炉は消えない。ふん、とジョゼが鼻を鳴らし、サリーをちらりと見る。
《魔女ジョゼシラの権限を持って、魔導士サリオネルトが呼び寄せし暖炉に命じる。元いた場所に戻れ》
すると今度は暖炉が消えた。
「面倒なことを……どこからここへ運んできた?」
苦情を言うジョゼ、サリーは笑って答えない。
ジョゼにしても答えが訊きたいわけではない。そんな事よりも、と続ける。
「さっきは迷惑を掛けた。済まない」
と小声にはなったがはっきりとそう言った。そして、
「ごめんね、ビリー」
もっと小さな声で言った。
そう言えばニアが帰ってこない、とマリが心配し始める。
ビリーが
「様子を見に行こうか」
と提案すると
「やめろ」
ジョゼが慌てて言い、
「今、行くのはまずいな」
サリーが静かに言った。
驚くマリとビリーの前で、ジョゼとサリーは目を見かわす。そして先に目を背けたのはジョゼだ。顔が真っ赤になっている。
マリの言葉にニアを探し、そして見た光景をサリーもまた見、そして自分が見た事をサリーに知られたと羞恥した。
「ホビスはニアにプロポーズした。やっと家族に認めさせたと言っていた。そして今、二人は愛し合っている」
だから放っておけ……サリーが静かに微笑んだ。
どうやらサリーはジョゼよりも早くからニアを探していたらしい。そしてジョゼより早く、二人の観察を終了していたに違いない。




