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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第一部 魔女選考 若者たちの純情

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4  結ばれる二人(4)

 その日の夕食後、サリーは寮の自室に戻り、みなを安心させた。


 当然マリとニアも寮に戻った。が、それ以降、内緒話の場所はジョゼの部屋に移り、あのベンチに通うことはなくなった。

『いつ来てもいい、二人には教師棟に入っても誰にも見つからない術をかけた。だから、心配せずに堂々と来るといい』

と、ジョゼが言ったからだ。


 ビリーとホビスはあれ以来、表面上は変わらず装っていたがサリーに

「何かあったのか?」

と不審がられ、返事に(きゅう)する、なんてこともあった。


 結局ビリーは

「何もない」

と答え、

「卒業が近いから、寮長さんは忙しいんじゃないか」

と誤魔化した。


 事実、互いに相手を(いぶか)ってはいるのだろうが、それを相手にぶつけることはしていない。つまり何もなかったのだからそう答えるしかない。信じているようには見えなかったが、サリーもそれ以上追及してこなかった。


 しばらくの間、すれ違う学生がサリーを構ってくることが頻繁にあり、それにサリーは笑顔で感謝の意を示したり、軽口で返したりしていた。中には、特にあの騒ぎの時、騒動に加わることを拒否し、部屋に閉じ込められた者の中には陰で、または面と向かって『死に(ぞこ)ない』なんて言葉をぶつけてくるヤツもいた。が、それには

「お陰さまで、損なって(・・・・)よかったよ」

と、やはり笑顔で(こた)えていた。


 ビリーはそんなサリーを見ていて、『きっと、サリーは短い学生生活で多くの友達を得ながら、友達と喧嘩する苦悩を知らずに終えるんだな』と思っていた。


 友人同士でも意見が対立することが起こらないとは限らない。その時、サリーはどうするのだろう? 自分の意見を引っ込めて、相手に従うだけなのか? それは結局自分にとっても相手にとっても良い結果を見ないのではないか?


 いつだったかビリーはサリーに、『人は善意ばかりではなく、悪意を持つ瞬間が誰にでもある。おまえみたいなお人よしは、いずれ誰かに騙されはしないかと、兄弟としてとても心配だ』と言ったことがある。『騙したいと思っている相手には騙されてやればいいじゃないか』とサリーは笑った。


 その時のことをビリーは最近何度も思い返す。まさに、今の自分とホビスの関係を指していると思えてならない。


 サリーは敵対してくる相手にも笑顔を見せていたが、ビリーはホビスに微笑めない。自分とサリーの大きな違いをどちらがより良いものなのかつい考えて、そしてまた思い返す。きっとサリーの器は自分と比べてずっと大きいのだろう。けれど、それだからこそ、いつかそれがサリーを苦しめるのではないか?


 それに、やはり正しさを求めてしまう。騙すなんてよくないことだ。その良くないことを許すのも、もしかしたら同罪なのではないか?……答えを導き出せないまま、ビリーは学生の時期を終えるだろう。


 ニアとマリは、ジョゼの部屋から続き間が減っていることに驚いていた。サリーを連れてきたとき、ドアは確かに三つあった。それなのに、今は二つしかない。


「あの時はサリーを預かるための部屋を増設したんだよ」

とジョゼが言う。

「廊下でちょっと待ってもらった時、作ったんだ」


 あの時、三つあったドアの一つはサリーのベッドがあり、もう一つにはニアとマリのためのベッドがあった。最後の一つにジョゼが入っていったから、そこがジョゼの寝室なのだとニアとマリは思っていた。それが今、二つのうち一つはジョゼの寝室だが、もう一つはバスルームだ。


 二人は今度こそ自信を無くし、統括魔女になることを真剣に悩み始めたが、

「大丈夫」

ジョゼが笑う。


 二人とも、充分な力がもう備わっている。その使い方やコツを知らないだけだ。

「できると信じて、壁に命じるんだ」

そう言われたニアが懸命に念じるが、壁に変化は起きない。


「念じるだけではできないなら、言葉に出して(めい)じるといい」

自分の名において、とか、自分の名に賭けて、なんて前置きはかなり有効だよ、ジョゼが助言する。


 静かに目を閉じ、集中力を高めた。

《魔導士ジャグジニアの名において命じる。壁よ。扉を現せ》

すると壁にドアができ、ニアを大喜びさせた。それを見ていたジョゼが笑い、すぐさまドアを開く。ドアの向こうは壁だ。


(めい)じかたを工夫するといい……ドアを出現させたんだ、その感覚を忘れるな。あとはなんでも同じ要領でできるようになる」


 あと、判っているとは思うけど、魔女の名を使うと強力な術を使えるけれど、市井の人が居ないかよく確認して。もしも居た時は後で記憶を消すかしなくてはいけないよ。


 ニアとマリは卒業まで、ジョゼの部屋に通い詰め、ジョゼのアドバイスを受けながら、より高度な術の練習に励んでいった。


 マリとサリーの結婚はあの事件の後、公式に認められた。卒業とともにマリは西の魔女の城に入り役目を果たすことになるが、サリーもまた夫と言う名の補助役として西の魔女の城に入ることが決まった。


 もともとサリーは魔導理論と呪文学全般が教員相当以上の成績で、本人も教職、特に呪文学を希望していた。


 学校長のレオンハルセは学者としても有望なサリーを学校留め置きにしたがっていた。が、その二教科には欠員がない。そこで欠員が出る予定の、魔導理論の基礎とも言える基本理論のみで学校に残り、欠員を待つようサリーに勧めていた。


 一教科のみで教壇に登るなら、空いた時間で好きな研究ができると(そそのか)しもした。それ以外で教職に就くには、他の学校に移るしかない。


 迷っていたサリーだったがマルテミアとの婚姻が決まり、中途半端になりそうな教職は諦め、魔女の補助役に専念する傍ら、呪文学の研究を進める道を選んだ。レオンハルセは残念がったが、本人が選んだのだからどうにもできない。


 ニアもマリ同様、卒業とともに北の魔女の城に入ることが決まっていたが、こちらの夫は決まらずじまいだった。


 もちろんニアとしては、今さらホビスが心変わりするとは思っていない。しかしだからと言って、いつまでもはっきりしたことを言ってくれないホビスに不安を募らせるのも無理はない。


「あなたは北の魔女なんだから、『夫となり、わたしを助けなさい』の一言(ひとこと)でいいんだよ」

とジョゼは言ったが、

「ジョゼは女の子なのに、女心が判っていない」

ニアとマリから責められた。


「ふーーん、女心だかなんだか知らないけれど、時間はどんどん過ぎていく。いっそホビスは諦めて、ほかの男にする手もある」

二人の顰蹙(ひんしゅく)を買うようなことを平気で言うジョゼに、マリの辛辣(しんらつ)な言葉が飛ぶ。


「だったら、ジョゼ、あなたはビリーを諦められるの? 自分ができないことを他人に『しろ』と言ってはダメよ」

普段はおとなしいマリの抗議に、珍しくジョゼも(ひる)

「ごめん」

と小さな声で謝った。


「んー、で、ホビスは本当に何も言ってこないの?」

と言いながら、ジョゼが不意に顔を廊下に向けた。


「ビリーとサリーだ。部屋に入れてもいい?」

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