4 結ばれる二人(3)
「どうして南の魔女さまが自分の娘を監視する? どうしてそれを俺に頼む?」
その頃、授業の空き時間を利用したビリーとホビスが、あのベンチの空間に結界を張った上で口論を始めていた。
「誤解だよ、誤解もいいところだ」
ホビスが声を荒らげている。
「俺は純粋にサリーを助けたかったんだ」
昨日ジョゼが言っていたホビスと南の魔女の繋がりを、ビリーはホビスに自分が感じたこととして話した。そして、『どうなんだ?』とホビスに説明を求めた。
「確かに、俺の親が妥当スナファルデを掲げて、魔導士を組織していたのは知っていた。それを利用しようとしたのは俺のほうで、俺たちが利用されたんじゃない」
それに、親が南の魔女と頻繁に連絡を取っているのは事実だが、俺がとったことはない。南の魔女を見たのは昨日が初めてだ。
「俺の話を聞いて、親が南の魔女に報告したかどうかは、預かり知らぬところだ」
俺は学生を組織して学校を占拠する計画について、親に一切話していない。だから南の魔女もその件はあの広間に来るまで知らなかったはずだ。
「俺が演説の才能を隠していたというのも誤解だ。今まで発揮する機会がなかっただけの話だ」
俺の親は街の魔導士だ。市井の人々を相手に、親父は演説することも多いし、時には扇動もする。それを俺は幼いころから聞いている。自然に身についたものだ。
「赤金寮の連中が、スナファルデ糾弾に意欲的だったのは、普段からそんな話をしていたからだ」
俺たちの年ごろなら、政治向きに興味を持つヤツがいたって可怪しくない。白金寮や黄金寮よりも、偶々そんな輩が多かったってことだ。もちろん、普段から、そんな話を先頭切って俺がしていたことも否定しない。だが、昨日、わざわざ扇動しろなんて俺は言ってない。
「それから? あとはなにについて潔癖だと説明すればいい?」
ホビスがビリーに食って掛かる。
ビリーは黙ってホビスの話を聞いていたが、友人の肩を軽くたたいた。
「もういいよ、ホビス。訊いた俺が馬鹿だった――」
ビリーの言葉にホビスがほっと身体の力を抜いて、ビリーに問う。
「こんなこと言いだしたの、本当はジョゼだろ?」
うん、とビリーは頷いた。
「アイツ、母親とうまくいってないみたいだ」
「そっか……南の魔女さま、娘に必要以上に厳しいって噂を聞いたことがある。で、ジョゼに俺の説明は通じるのか?」
「魔女や魔導士は誰かの命を守るためにしか嘘を吐けない。言葉を置き換えるか、自分に都合の悪い事を言わないでいることしかできない」
「俺が誰かを守るために説明をでっち上げたと言わない?」
これはホビスの厭味だ。
「ホビスのおかげでサリーは助かったと、俺は思っている。こんな事を訊くべきじゃなかった」
ビリーがそう言うと、『もういいよ』とホビスは機嫌を直したようだ。
「おっと、感謝してるなんて言うなよ」
さらに何か言おうとするビリーをホビスが制する。
「おまえに感謝されたんじゃ、照れくさくって仕方ない。それより、サリーはどんな様子だ?」
「今さら照れるようなホビスだったか? サリーはジョゼの部屋にいる。昨日の夕飯までは僕もジョゼの部屋にいたが、そのあとは行っていない。マリとニアが付きっ切りでいるようだ」
「それじゃあ、サリーは今、美女三人に囲まれて? 羨んでいいやら悪いやら」
ニヤニヤとホビスが笑うと
「怖い魔女が三人もだよ? 僕だったら遠慮したい」
ビリーも笑う。
「怖いのはジョゼだけだろう?」
「いいや」
今度はビリーがにやりと笑う。
「ジョゼは『飛び切り怖い』の間違えだ」
ひとしきり二人で笑ったが、その笑いが虚しいものに変わり、そして二人同時に真顔に戻る。
「じゃあな」
とホビスが言った。
「じゃあな」
とビリーも答えた。
そしてホビスが姿を消し、ビリーがそれを見送った。もう、二度とホビスと心の底から打ち解け合うことはないだろう。
ビリーはホビスが説明を避けた事柄があることに気づいていた。そしてホビスもビリーがそれに気づいたと判っていた。そしてビリーが敢えて訊かなかったことがあることにも気が付いていた。
ビリーが敢えて訊かなかったのは、ホビスが校長に『魔女ギルド及び魔導士ギルドの長を、それぞれの全権を持って』召集するよう要求し、校長はどことも連絡を取っていないのに、南の魔女は『両ギルドの全権を委ねられて』と、姿を現した。その不思議はなぜ起こったのか、だ。
南の魔女と繋がっていると踏んでいたのだから、それがはっきりすればこの点は訊かずとも判ることだとビリーは考えていた。だから訊かずにいた。それなのにホビスは南の魔女との関係を全面否定した。
もし、ホビスに訊いていたら、ホビスはなんと答えただろう。『知らない』と答えただろうか? それとも何も言わずに済ませただろうか? あるいは『南の魔女の能力ではないか』と推測したか?
それになぜホビスはスナフォルデがマルテミアの両親の弱みを握っていると知っていた?
更に、両親が俺たちを売った理由も、俺は脅されたのだと思いたかったし、ホビスにもそう言った。だが、親戚縁者に災いする、なんて言葉は一度も口にしていない。
そしてホビスが答えを避けて有耶無耶にしたのは『ジョゼの監視』だ。
ホビスは『なぜ南の魔女が自分の娘を監視する』とだけ答えた。ジョゼの監視などしていない、とは言わなかった。つまり、ジョゼを監視していたと言ったのと同じことだ。
だが、何のために? 南の魔女に頼まれたのなら判らないでもない。が、南の魔女の依頼は否定した。だとしたらホビスに何か思惑があってしたことか? あるいはホビスの親の考えか?
どちらにしろ、とビリーは思った――どちらにしろ、ホビスには何か隠してる。それは間違いない。




