4 結ばれる二人(1)
しばらくするとホビスが
「みんな、片付けるよ」
と、声を張り上げた。寮の代表者を集め、何やらホビスが指示している。
片付けと言っても、それぞれの談話室の火のルートを元通りにし、監禁した学生たちを開放するだけだ。寮ごとにぞろぞろと帰っていく。魔導士ギルドの出入り口や校長、副校長の暖炉は教職員であたることにしたらしい。夕飯はいつもの時間より一刻遅くなった。
ホビスは一度ビリーのところに来て、
「寮長の仕事があるから一旦寮に帰る。後で落ち合おう、どこにする?」
と訊いてきた。ビリーは、『サリーのことがあるから、明日連絡するよ』と答えている。
広間にマリ・ニア・ビリー、繭に包まれたままのサリーだけが残されると、ジョゼがサリーに人差し指を向け、ひょいっとその指を空中に上げた。サリーが繭ごと宙に浮かび、ジョゼが指を放してもそのまま浮かび続ける。
「サリーはわたしの部屋に運ぶ」
とジョゼが言う。
「マリとニアも今夜はわたしの部屋に泊まるといい」
マリの表情が少しだけ明るくなった。
「ありがとう、ジョゼ」
顔は明るくなったが、また涙ぐむ。ニアがその涙を拭った。
ジョゼが歩き出すと、サリーの繭も浮いたまま後ろに続く。そのあとをビリー、マリ、ニアが続くが、どうにも落ち着かない。
途中、ジョゼがそれに気づいて
「ちょっと見えなくなるけど、ちゃんと付いて来るから心配しない事」
と言って、パチンと指を鳴らした。するとサリーが見えなくなった。
教師棟は校長を始め、教職員の居住区になっていて、通常、呼ばれなくては学生の立ち入りは禁止だ。ジョゼはそこに住んでいるのだからどんどん奥に進むが、他の三人はおっかなびっくり後に続く。
「ここだけど、少し待ってて」
ジョゼがある扉の前で立ち止まり、すっと姿を消した。が、すぐに扉が中から開く。
部屋の中にはゆったりとしたソファーと、隅には大きなデスク、奥には縦長の、木製の枠で縁取られた窓が設けられ、日没前の部屋は明るい。
壁の片側にはキャビネットが置かれ、どうやらカップボードとして使っているようだ。もう片方の壁の片側にはドアが三つ並んでいた。一番窓側のドアをジョゼは開いた。
中にはゆったりしたベッドが置かれ、ベッドの横には椅子が数脚並んでいる。掛け布団が、ふわりと跳ね上げられ、次には、ベッドの上に繭に包まれたままのサリーが現れて、掛け布団がふわりと降りて包んだ。
「この部屋にあるものは何でも好きに使って。足りないものがあったら遠慮なく言うように」
そう言うとジョゼは
「ビリー、ニア、話がある」
廊下に繋がる部屋に二人を誘った。
ソファーに落ち着くと目の前のテーブルにお茶のセットが現れる。ニアが気を利かせてカップにお茶を注ぐと、ジョゼが嬉しそうにカップに砂糖を入れてスプーンで掻き混ぜ始める。『砂糖が踊っている』と、にっこり呟く。そして『疲れたね』と誰にともなく同意を求め、それきり何も言わない。クルクルとスプーンを回し、カップを覗きこんでいるだけだ。
たとえ眠っているだけサリーでも、マリは二人きりになりたいだろう……どうやらジョゼは気を使ったようだ。そんな気を使えるようになったのか、とビリーが思い始めたころ、
「で、ビリーとニアはどんな関係?」
いきなりジョゼが訊いた。
え? えぇ? どう答えればいい? 慌てるビリーを余所目にニアが『友達よ』と事も無げに答えた。
「ニアはホビスと付き合っているんだったっけ?」
「そうよ、最近付き合い始めたの」
「なるほど。ホビスはビリーの友達だから、それでビリーとニアも友達になったんだね」
ジョゼが腑に落ちた、と言った顔で笑う。
「そうだ、ヌガーがある」
ひょいっとキャビネットをジョゼが指さすと、キャビネットの前に器が飛び出し、ユラユラ浮遊してテーブルに着地した。
「甘いものは好き?」
器の蓋を外してジョゼがニアに勧めると、ニアもニッコリと笑顔になった。
「大好きよ」
どうやらジョゼは何か勘付いてあんなことを訊いたわけではないと、ビリーが胸をなでおろす。いまだにジョゼの発火点がどこにあるか把握しきれていない。しかし、ジョゼの焼きもちの凄さだけは身に染みている。
婚約者として振舞っているし、嫌いでもない。むしろ好意を持っているが恋人でもない。お互いそんなところだ。そう思っているビリーは戸惑うばかりだ。
ほかの女の子と談笑しているところを目撃していても素知らぬ顔で、まったく気にすることもない。それなのに、男たちが集まって、白金寮のだれだれは可愛いなんて話しをしていると、なぜか筒抜けになっていて、どういうことだ? と怒りまくったりする。
そして、その怒り方が怖い。
ビリーを部屋に閉じ込めた上で、延々と泣き続ける。部屋の中は荒れ狂う暴風雨となり、時おり小さい稲光が目の前を過る。もちろんビリーを直撃しはしないが、ギリギリの軌道で狙ってくる。ビリーとしては生きた心地がしない。
そして大抵なぜ怒っているのかがビリーには判らない。その時の理由は
「わたしはビリーに可愛いって言って貰ったことがない」
だった。
そして、泣き濡れた、縋るような瞳で見つめられて、『ごめん』と言うしかなくなる。誰よりもおまえは可愛い……本心からそう感じ、それをジョゼに囁いた。




