3 捕らえられる二人(6)
ソラテシラはホビスの話が終わると
「判りました」
と言った。そして暫し校長と何かを討議したようだが、頷いた校長が火のルートを使って姿を消し、寸時の後、再び姿を現した。
校長が帰ってくるのを待ってソラテシラが語り始めた。
「あなたがたが友人を思う気持ちはとても尊いものです。ですが、学校を占拠するなど、やり過ぎではありませんか? ほかの手段を探るべきでした」
やはりその声は直接胸に響いて来る。穏やかで優しく、そんな記憶は意識上にないはずなのに、母親の声で安心する赤子のような気分にさせる。
「本来ならば何かしらの処罰を与えねばならないところですが、今回は友情の重さと若い命に免じて不問と致します」
ねぇ、校長、それで構いませんね? 無論、校長が反論することはない。
「そしてあなたがたの要求は至極もっともな話。すぐサリオネルトを保護し、ここに連れてまいりましょう。ビルセゼルトはどこに?」
急に呼ばれたビリーが慌てて応答すると、ソラテシラがニッコリとした。一瞬、ビリーは身体が浮くのを感じている。隣でジョゼが、面白くもないと言わんばかりの顔でそっぽを向いた。
「これでビルセゼルトの術は解けました」
ほぅ……と広間にため息が広がる。なんの動作も呪文もなく、消失呪文を解術するとは、さすが統括、南の魔女さまだ。ため息が終わる間もなく、ソラテシラが小首を傾げる。
「サリオネルトの居場所も判ったようですね」
と、またニッコリとする。そして、自分の前を払うような仕種を見せた。
おぉおぉ……どよめきが広場を埋める。ソラテシラの前に、横たわるセントバーナード犬ほどの大きさの白い繭のようなものが現れた。
「ふむ、今日決行してよかったな」
ジョゼが唸る。
「思ったよりも術が進行している。あと二日で成就するところだ」
ソラテシラがその繭の上で撫でるように掌を動かすと、引き伸ばされるように繭が長くなった。繭は白さを徐々に失い、中が透けて見えるようになる。
「サリー!」
サリーだ、繭の中にサリーがいる!
ビリーが慌ててマリを探すと、ニアに支えられながら、それでもじっとサリーを見詰めている。
ソラテシラは屈み込んで繭の中を覗きこんだ。
「大丈夫、あなたがたの友人は穏やかな眠りについているだけです」
それからゆっくりと繭の周りを一回りした。
「これでもう大丈夫。あとは……ジョゼシラ」
ソラテシラが娘の名を呼んだ。返事もしないジョゼをビリーが小突くが、相変わらずそっぽを向いたままだ。
ソラテシラはしばらく待っていたが、諦めたのか
「サリオネルトをこのままの状態でベッドに運びなさい。できますね?」
ジョゼに命じた。
「明日の朝には繭も消えましょう。正午までには目覚めるはずです。目覚めたら何か温かい飲み物を。食事の再開は明日の夜から、慎重に」
この辺りは校長以下、先生がたがご存知のこと。指示して貰いなさい。
「ではわたくしは消えると致しましょう。ギルドでは、話し合いの準備が整ったようです」
学生たちのこと、学校の後始末は校長、お願いしましたよ……火のルートを使わずに、南の魔女は姿を消した。
それと同時に雄叫びが上がる。
「全面勝利だ!」
わーーっとホビスが取り囲まれ、揉みくちゃにされている。
サリーの繭に近寄りたがる学生は大勢いたが、最初に近づく権利を皆、マリに譲った。
周囲の学生を押し退けて、ビリーに駆け寄ったのは赤金寮のシスだった。ビリーとサリーの母方の従弟だ。この騒ぎが起こるまで、何も知らなかったシスは事の大きさに恐怖し、サリーを案じてずっと震えていた。ビリーに抱き付くと人目もはばからず号泣し、なぜか謝ったり、相談してくれなかったと詰ったり、
「僕はビリーだよ」
とビリーが言っても、サリーサリーと名を呼び続けた。お陰でビリーがサリーの許にたどり着く妨げになった。
やっとのことでビリーが弟の近くに行けたときには、マリはサリーの横に座り込んでさめざめと泣いていて、その横にはニアが付き添ってマリの背を撫でていた。さらにその傍らにはジョゼが立ち、近寄る学生を追っ払っている。そして繭を頻りに覗きこむ。
「あぁ、ビリーやっと来たね」
初めてサリーをまじまじと見たが、双子でも似ていないのだな。と今更なことを言う。
「ところで、サリーを運ぶには野次馬に退散してもらわないといけない」
それならばホビスだ、とホビスを探すと、ちょうどシンパから解放されたところで、片手を上げながらこちらに近づいて来る。そんなホビスにジョゼが何か言いかけたが何も言わずに、やはりそっぽを向いた。
「ホビス、サリーを運ぶのに、広間から人を追い出す必要があるようなんだ」
とビリーが言うと
「後始末もしなきゃならない。校長とちょっと相談してくるよ」
ホビスは教職員が集まった一画に向かった。




