3 捕らえられる二人(4)
ホビスが一歩前に出る。胸を張り堂々と立ち、真っ直ぐに校長を見つめる。
「確かにビリーも参加している。だが首謀者ではない」
「おまえは赤金寮のホヴァセンシル。なるほど、親たちの騒ぎの中心はおまえの親だと聞いている。こんな騒ぎを起こして、ただで済むと思っているのか?」
今ならまだ、学校内のことは子どもの悪戯で済ませることもできる。学校が揉み消すこともできる。
「温和しく、解散しろ」
「あいにく俺たちは悪戯でこんな事をしているわけじゃない。仲間の命が掛かっているんだ」
ホビスの言葉が終わるのを待たずに校長が動こうとした。すかさず攻撃の構えをした学生たちが次の段階へと動きを進める。
この人数の一斉砲撃を受ければいくら学校長と言えど、長時間の失神を免れないだろう。流石の校長も動きを止めた。
「魔導士ギルドの長、及び魔女ギルドの長をそれぞれのギルドの全権を持ってここに召集してもらう。校長、あなたにはそれができるはずだ」
校長が自分に攻撃術を使おうとしているのをその目で見ているはずのホビスが、顔色一つ変えず、身動ぎ一つせず、要求する。どんな脅しにも屈しない、そんなホビスの覚悟を、いや、教え子たちの覚悟を、校長は感じていないはずはない。
静かに校長は目を伏せた。
「わたしとて、あの若者を消したいなどと思っていない。むしろおまえたち同様、なんとか助けたい。わたしの中にも若き日を鮮やかに彩った思いがあり、それは今も消えることがない」
だがギルドの制約には抗えない。ギルドの決定を覆すのは並大抵のことじゃないと、おまえたちだって重々承知しているはずだ。
「それでも立ち上がり、ギルドに刃向かい、省みさせてみせると、おまえたちは言うのか?」
ホビスが穏やかに、それでいて力強く言い放つ。
「なんのためのギルドだ? 背く者を罰するためのものか? 魔導士や魔女を従わせるためのものか? 違う。我々魔導士や魔女を守るためのギルドだったはずだ」
そうだ! と後方に控えた学生たちから歓声が上がる。前列の猛者たちは監視の目を緩めることがない。
「いつから組織していたんだ? これほどの結束を一朝一夕で作れる……」
「今日だ」
ホビスが言った。
「今日だ。それほど俺たちの怒りは強い」
それを聞いた校長の身体から、力が抜けていくのは誰の目にも明らかだった。
しかしその時、校長が身動ぎし、僅かに暖炉を振り返った。前列の学生たちに緊張が走る。
「ま、待て。待ってくれ」
暖炉の後方に注意を向けたまま、校長は前列学生たちに攻撃の猶予を請う。
「魔女ギルドが動いた。南の魔女はたいそうご立腹だと」
レギリンス先生がガタガタ震えながら、再び叫んだ。
「校長! あなたは学生たちを守るべき立場。それを忘れてはなりません!」
拘束されて、身動きも、声を出すこともできないほかの教職員たちも、それぞれ何かを訴えようとしていた。学生たちの怒号も続いている。広間は騒然としていた。
その時、暖炉の火が一段と明るく輝き、誰かがこちらにやってくる気配がした。
「静かに!」
ホビスがこの時ばかりは怒鳴り声を上げる。だが、その声は怒号にかき消されてしまう。
ジョゼが右腕を振り、広間に神秘術をかけた。
《静まれ、そして括目せよ》
一瞬で静まり返り、広間に集まる人々は暖炉を注視した。そこに立つ人影は、ゆっくりと広間に足を踏み入れてくる。
小波のような囁き声が広間に染み渡り始め、校長が脇に退き、その人のための場を開けた。
「これはまた……若い息吹に溢れていること」
姿を現した人は、広間を見渡し、艶やかな笑みを浮かべる――息を飲むほどの美しさ、圧倒されずにはいられない存在感、まぎれもない魔女だ。しかも計り知れない力を持っていることだろう。彼女を取り囲む空気がキラキラと煌めいている。
「校長、気苦労が絶えませんね。若いうちは押しなべて、真っ直ぐに進もうとするものです。一歩先は断崖だと教えても、見ようともしない。恐れという言葉を知りません」
春の微風のようなその声は、耳からではなく、胸の内に響いてくる。
広間に広がっていた囁き声が徐々に減っていく。私語よりも新たに現れた、その魔女に魅了されていく。校長は跪き、最高位の敬意を表している。畏れ入りますとだけ応え、畏まっている。
黒、いや違う、濃いグレーのローブだ。フードがないところを見ると、戦闘は予定していないのだろう。腰まで届くプラチナブロンドが暖炉の火を映して黄金色に輝いている。その髪をわずかに振り払うと、前列に控える学生たちの武装が解除されてしまった。
慌てるのは前列で構えていた学生たちだ。自分の意思に反して解かれてしまった攻撃の構えを再度試みるが覚束ない。
「無駄なことです。そして必要のないことです」
暖炉から現れた人物は笑んだままだ。
気圧されていたホビスがやっと口を開いた。
「もしや南の魔女さまでは?」
と、その時、
「嘘つきめ」
ジョゼが小声で呟いた。
それを聞いたビリーがジョゼに問う。
「どういうこと?」
暖炉の前の魔女はホビスに頷くと
「確かに。わたくしは南の魔女ソラテシラ。魔女ギルドの長として、同時に魔導士ギルドに属する者として、両ギルドに全権を委ねられて、ここに来ました」
と答えている。
「どうやらわたしたちは一杯食わされた」
ジョゼがビリーに耳打ちする。
「わたしが話しかけただけで、ホビスは叫び声を上げた。そんな臆病者が、計画が具体的になっていくほど積極的に動くようになった。隠された才能かと思っていたが違う。あれが本来のホビスなのだ。最初の叫び声も演技、きっとホビスは母上の間者だ。わたしたちを監視し、あわよくば母上の思惑通りに事が運ぶように細工したんだ」
赤金寮の火のルートを使い、ホビスは両親に連絡を取ると言っていた。その時、ヤツは南の魔女にも伝令を出したに違いない。
「必ず両親は動く、と言った。そしてその通り、親たちが動き、魔導士ギルドを責めた。でも、その動き、早過ぎると思わないか?」
ホビスの親は事前に魔導士たちを組織していたと見る方が妥当だ。だが、ギルドに詰め寄る材料を見つけられず、時期も図り兼ねていた。そこにサリーの件が持ちあがった。これを利用しない手はない。もちろんホビスの親も母上と繋がっているはず。
ジョゼは
「目的は魔導士ギルドの現在の長スナファルデの更迭」
と、言い切った。




