3 捕らえられる二人(3)
予想に反してレギリンス先生は、自分が寮監を勤める赤金寮の寮長ホビスと、黄金寮、白金寮の代表者、三人の学生たちの申し出に驚き、そして反対した。
「ギルドを敵に回すなんてとんでもないわ」
サリーのことが本当ならば、やり過ぎだとわたしも思う。だけど、あなたたちの計画は無茶だし、将来を棒に振ることになる。ほかの方法を考えましょう。そう言ったが、ホビスを筆頭とする三人の寮代表たちは首を縦に振らなかった。結局レギリンス先生は納得しないまま、しぶしぶ食堂に連れて行かれ、交渉役をさせられることになる。
レギリンス先生の意向をホビスから聞いたジョゼは
「そうか」
と、薄く笑っただけだ。
「そのうち、気が変わるかも知れないね」
やがてレギリンス先生以外の教職員総勢十一人が拘束されて、次々と食堂に連行された。それに伴い食堂に集まった学生の数がレギリンス先生の気持ちを変えることになる。これほどの学生たちの思い、魔導士ギルドに伝えなくてはなりません、と呟く。
教職員の拘束を終えた学生たちは食堂に結集し、広間を埋め尽くす勢いだった。その数は優に半数を超え、全学生の四分の三を超えるかという勢いだった。
「思った以上に集まったわね」
ニアが言うと、
「うちの寮には反対者がいなかった。それで、寮の総意で、となりそうだったが、親がギルドの関係者ってヤツ等には涙を呑んでもらった」
ホビスが言う。すると、
「黄金寮も同じよ」
ニアが答え、
「白金寮だって同じだ」
ホビスが追加した。
ビリーはしばらくジョゼと話し込んでいたが、ホビスを呼んで、レギリンス先生を暖炉の正面へ、と指示した。ホビスはほかの寮代表とともに、暖炉から程よく距離を取ってレギリンス先生と共に立った。
「それでは先生がたには、寮代表より後方で、暖炉からもよくお顔が見える位置に移っていただきましょう」
ジョゼが十一人の教職員に指を向け、ヒョイっと動かす。ビリーは止めようとしたようだが、間に合わなかった。
瞬時に教職員は移動させられ、ヒッと小さな悲鳴を上げる。そして驚きの表情を浮かべジョゼを見た。多くの学生はそれぞれのおしゃべりで忙しく、ジョゼの術に気が付かなかったようだが、目撃した数人は息を飲んだ。十一人同時に移動させるなんて凄すぎる……ひそひそ話をする者もいた。
「術をひけらかすな」
舌打ちしてビリーがジョゼに耳打ちする。そんなつもりはないと、ジョゼが抗議するが
「大事の前の小事、おまえの術を恐れて造反者が出たらどうする? そんな事で学生の結束を乱すな」
ビリーの言葉に、『判った』とジョゼは頷いた。
火のルートを塞いでからそろそろ一刻は経つ。魔導士ギルドの出入り口を学校側から封じてからも半刻が経つ。異変に気付いた魔導士ギルドが動き始めても可怪しくない。
絶対破れるものかと、ジョゼが太鼓判を押すほど、魔導士ギルド本拠との出入り口は厳重に封じた。火のルートは三重の封鎖術を施した。
ギルドが来るなら封鎖術を一重しか施していない食堂の暖炉だ。ジョゼは暖炉をじっと見つめている。少しの動きも見逃せない。
そのジョゼが身動ぎした。片腕を上げ、ホビスに合図を送る。頷いて。ホビスが言った。
「力に自信のある者は暖炉を囲んで備えを」
ばらばらと数人が暖炉を取り囲み、いつでも砲撃できるよう体勢を整えた。
学生間に緊張が走り、煩いくらいだったお喋りがやんで静けさに包まれる。
すぐに暖炉の中心部から、ジリジリと焼けるような音が微かにし始める。次にボンっと音がして一瞬炎が揺れたがすぐに消えた。
「相手が誰かをちゃんと見極めるんだ」
ホビスが指示を出す。
「攻撃は構えだけだからな。絶対放っちゃいけない」
食堂は静寂と緊張に埋め尽くされ、学生も、拘束されている教職員も、固唾を飲んで暖炉を見つめる。
再び暖炉からじりじりと音が漏れ始め、今度は黒煙が立ち昇る。黒煙は食堂の中に流れ込んでくるが、すぐに霞のように消えていく。黒煙を消したのはジョゼ、それに気付いたのはジョゼの隣にいたビリーだけかもしれない。しばらくすると黒煙は止まり、暖炉に火が熾された。
炎が暖炉いっぱいに燃え上がると、その炎の中に魔導士が姿を現す。
「校長先生!」
レギリンス先生が悲鳴のような声を上げる。
「校長先生! 学生の話を聞いてあげてください。決して罰しないでください!」
ジョゼが『レギリンスは不要だったな』とポツリと言った。
炎の中の魔導士は一歩踏み出し食堂の中に立つと、ゆっくりと広間を見渡した。そこには拘束された教職員と、その前にはいずれ劣らぬ優秀な数人の学生が自分に攻撃術の狙いを定めて構えている。そして後方にはおびただしい数の学生たちが、じっとこちらを見詰めている。
「これはいったい何事だ?」
ギルドでの話し合いはなかなか埒が明かず、どうしたものかと頭を抱えているところに、各地の小ギルドから、次々に魔導士たちの抗議行動が報告された。
抗議は『まだ、子どもの内に入れてもいいような若者にギルドの横暴で消失呪文を使うなど許せない』という内容だった。中には小ギルドごと、抗議行動に参加すると言ってきたところもある。そして、その騒動を治めようとしていると、今度はまた別の心配事が起きた。
流された情報が本当のことなのか、我が子に確認しようとした親たちからの『魔導士学校と連絡が取れない』というものだ。
なるほど、魔導士ギルドの火のルートを使っても、学校の暖炉と繋がらない。それどころか学校に繋がる出入り口は外から強力に閉ざされて開けられない。調べてみれば食堂へのルートだけ守りが甘い。罠と感じていたが、ここしかない。
ほかのルートも開けられないわけではないが、様子が判らないのに抉じ開けたら学生に怪我をさせるかもしれないし、時間が掛かりすぎる。
誘眠の煙を事前に送り込んで、広間に待つ者を眠らせるつもりだった。が、誰かが無効化したようだ。そんな術が使える者は限られている。犯人の見当はつくが不問としよう。この状況では仕方ない。
「まさか学生たちの仕業だなど、思ってもみなかった」
校長が溜息を吐く。何者かが何らかの意図を持って、留守を狙って学生たちを人質に取ったのだと考えていた。だがそうではなかった。
キッと顔を上げ、校長が詰問した。
「首謀者はビルセゼルト、おまえか?」




