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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける


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115/115

そして明日へ

 南北ギルドのどちらもサリオネルトの子の消息を掴めないまま、五年の月日が流れた。すでにこの世にないのではと噂する者もいた。


 前西の魔女の居城住みの魔導士だったブランシスとモネシアネルが姿を消したことは、騒がれることもなかった。崩壊した西の城の城住みだった魔導士たちは分散されて、誰がどこに行ったのか、旧知でさえも判らない者が多かった。ブランシスとモネシアネルもそんな魔導士の一人と考えられた。魔導士の動きを完全に把握しているのは南のギルドだけだ。


 ジョゼシラは二人の居所もロハンデルトの暮らしぶりも遠見で知っていたが、ビルセゼルトにそれを告げることはなかった。知ればビルセゼルトの心が乱れる事をジョゼシラは知っていた。ロハンデルトを手元に置けない今、知らせるのは無意味と判断していた。


 北ギルドの長ホヴァセンシルは、南と揉める事を許さなかった。サリオネルトの子については探すことを認めたが、南や東の陣地に赴くことは許しても、そこで騒ぎを起こすことは断固として禁じた。表立って対立しても何の得もない。


 ジャグジニアは不満そうだったが、ホヴァセンシルに逆らえば自分が孤立することを知っていた。それに……やっぱりホヴァセンシルと離れられない。従うしかなかった。


 それに加え、九日間戦争の二年後、二人の間には念願の子が誕生し、言い争う事も激減した。ジャグジニアは娘を(生まれたのは女児だった)を溺愛し、その父親であるホヴァセンシルを自分には必要不可欠と、さらに頼りにしていた。


 スナファルデの処遇がどうなっているのか、南ギルドには僅かな情報も入ってこない。北の城のどこかに隠されているのだろうとビルセゼルトは考えている。


 ソラテシラは一昨年、統括魔女を引退し、夫の魔導士ダガンネジブと共に南の陣地内の景勝地に居を改め、夫婦はひと時も離れることなく暮らしているらしい。


 新たな東の魔女アウチャネハギはビルセゼルトの教え子で、得手は五種類、パワーはジョゼシラには到底及ばないものの、充分と言えるものだった。学生の頃からビルセゼルトが見込んで何かと目を掛けたものだから、一時期その仲を疑われた。


 事実、アウチャネハギはどうにかビルセゼルトを振り向かせようとしたが、ビルセゼルトは相手をしなかった。が、噂によると、ビルセゼルトは中途半端にアウチャネハギを拒絶したらしく、それを知ったジョゼシラからビルセゼルトはこっ酷い制裁を受け、左の目じり近くから額の方向に延びる火傷の痕はその名残だと言われている。治癒術で治せるものを、ビルセゼルト本人が戒めとして残す、とそのままにしたらしい。あくまで噂であり、真相は当時者しか知らない。


 そしてビルセゼルトは魔導士学校の校長と南ギルドの長を兼任し続けていた。時にはギルド長を誰かに譲ろうかと思わなくもなかったが、ロハンデルトのことを考えると躊躇(ためら)われ、決断できなかった。


 その替わりというのもなんだが、人材は豊富となり、いつ、何があっても大丈夫だとビルセゼルトを安心させるようになっていた。その部下たちに日常業務の大部分を委任し、校長の業務、そして自らの研究に時間を割く余裕ができている。


 自らの研究……魔導史、特に示顕王・神秘王について、ビルセゼルトは力を入れて調べている。それに関連して、神秘力の中に『魔力』と呼ばれる力が混在していることを突き止めていた。『魔力』は人に悪影響を及ぼすと判っていた。悪影響とは、身体や心の病を呼ぶ、犯罪をそそのかす、通常とは違う判断をさせる、などだとも判った――




 魔導士学校の校長室で、ビルセゼルトは自分が書いたメモを睨み付けていた。やがて頷いて、メモに書かれた一つに丸を付けると立ち上がった。じきに生まれてくる娘の名だ。


 ルート番に南の魔女の居城と告げ、『すぐに戻る』と炎に足を踏み入れる。


 もうすぐ夏至だ。ビルセゼルトはジョゼシラの産室に急いだ。


 産室では魔女たちが慌ただしく立ち働いている。天幕の向こうから聞こえるジョゼシラの叫び、思わず駆け寄ろうとするビルセゼルトを魔女の一人が押し留める。落ち着いてお待ちください、もうすぐです。


 その言葉通り、ジョゼシラの叫び声が消え、僅かな間で赤子の大きな泣き声が響き渡った。だが、それと同時に魔女たちが息を飲む気配を感じ、ビルセゼルトは

「どうかしたのか?」

と声を掛けている。それにも魔女たちは

「お待ちください」

と答えた。


 ジョゼシラさまにはお会いになれます、と言われ、天幕を引いてベッドを覗くと、顔色こそ青白いがジョゼシラはにっこりと微笑んだ。


 傍らに椅子を引き寄せ腰かけると、ビルセゼルトはジョゼシラの手を握り、瞳を見詰め、頬を撫でる。嬉しそうな顔を見せるジョゼシラ、愛しさがこみ上げて、(ひたい)(ひたい)をこすり付ける。ビルセゼルトの頬に手を伸ばし、口づけをせがむジョゼシラに、ビルセゼルトがそっと唇を寄せた。


「お支度が整いました」

遠慮がちな魔女の声に、ビルセゼルトがジョゼシラから身体を離すと、魔女は赤ん坊をジョゼシラの枕元に寝かせた。


 なるほど、魔女たちが息を飲むはずだ……妻の枕元に置かれた嬰児をひと目見てビルセゼルトは合点する。赤子はキラキラと輝いて、持てる力を発散させている。母や祖母を大きく上回る魔女となる事だろう。


「力を封じておいたほうがいいかな?」

ジョゼシラが不安そうに言う。

「様子を見て必要ならそうするよ」

ビルセゼルトが心配ないよ、と妻に笑顔を向ける。


 しばらく二人で赤ん坊を眺めていたが、助産師に授乳を促され、ジョゼシラが身体を起こすのをビルセゼルトが助ける。赤ん坊を抱き上げて渡すと、ジョゼシラがこわごわと乳を含ませる。すると赤ん坊は無心に乳を飲み始めた。


「誰に教わったわけでもないのに、不思議なものだな」

その様子を眺めながらビルセゼルトが呟く。『命というものは凄いものだ』サリオネルトの言葉が脳裏に蘇る。


 授乳を終えた赤ん坊の世話を世話係の魔女がし、再度母親の枕元に寝かせると、

「名は?」

とジョゼシラが訊いた。

「ジゼェールシラ……ジゼェールシラにしようと思う」


 ジョゼシラが赤ん坊の顔をじっと見つめる。

「それなら通り名は魔導士界でジゼェーラ、そして市井でジゼル。二重に守られるように」

ジョゼシラが赤ん坊の(ひたい)に口づける。そしてそのままの近さで赤ん坊の顔を見ながら

「どうしても連れて行く?」

ビルセゼルトに尋ねた。


 すぐには答えられなかった。様々な思いがビルセゼルトの中に渦巻いた。サリオネルトの寂し気な瞳、泣きじゃくる母の後悔……


「しばらくは日に何度か連れてくるよ。乳を与えてやってくれ」

「その必要がなくなったら?」

「ジョゼ……判っているよね?」


 神秘王を調べて判ったことがあった。神秘王に親の愛は要らない。与えてはならない。理由までは判らなかった。けれどこの赤ん坊が神秘王となることは判っている。


 ビルセゼルトは生まれた子を王家の森魔導士学校で育てると決めていた。魔導士学校に隣接する『王家の森』に建屋を作り部屋を与える。世話係は一日交替で数名を揃え、そして月ごとに総替えする。赤ん坊に愛情を抱かせる暇を与えず、子が世話係に執着することがないように、そうやって育てると決めていた。


「俺たちには、この子を(そば)に置いて育てることは許されない。この子を抱いて、愛していると言ってやることも、笑顔を向けてやることも、頬を撫でてやることもできない。それでも……」

ビルセゼルトが赤ん坊を見た。


「それでもジゼェールシラ、おまえの父も母も間違いなくおまえを愛している」


 示顕王の真の目覚めまで、あと十七年の時を待たねばならなかった。

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