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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第五部 遁走 守られる者 守られる愛

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23 守り石(5)

 やがてホヴァセンシルは固く握りしめていた手を開く。


「悪くないと俺は思う。だが、ギルドのみならず、家族までも分断される者が出る。それを考えると踏み出せない」

「だからあなたは甘いのです」


 ジャグジニアが悔しげに言う。居並ぶ者たちは、ジャグジニアよりもホヴァセンシルに魅かれて集まった者が多い。その甘さもホヴァセンシルの魅力なのだと言いたいが、この場で言うのは(はばか)られる。言えば北の魔女を非難することになる。俺は甘いか、とホヴァセンシルが苦笑いする。


「まぁ、待て。どうしてもダメと言っていない。ただもっと吟味する必要がある」

今日で四日目、みな疲れがたまっているはずだ。南や東が攻めてくることはないだろう。あちらとて終戦を望んでいるに違いない。この辺りでちょっと休憩しようじゃないか。


「監視の者にも交代で休憩させるように。疲れが見落としを生まぬよう気を付けろと伝えろ」

そう言いおいてホヴァセンシルが立ち上がった時、ビルセゼルトから封書が届く。サリオネルトの子が所在不明と書かれたものだ。それを読んだホヴァセンシルの考えが一気に新ギルド設立へと傾いていった。




 その五日後、ギルドと北の陣営との手打ちが行われている。場所は南の陣営内にあるドラゴンのコロニー、北の陣地からもほど近い。


 ドラゴンの長ヴァオヴァブの立会いの下に、終戦と、北と西の陣地がギルドから脱退して新ギルドを立ち上げることへの承認が行われた。


 それに先立ち、北の陣営は瓦礫(がれき)の山となっていた西の魔女の居城跡を整地し、新たな西の魔女の居城を竣工している。


 ビルセゼルトは事前にドラゴンのコロニーを自ら訪ね、礼を尽くし、手打ちへの立会いを依頼している。手土産に茹でた卵を大量に用意したのでヴァオヴァブが大喜びした。


 その時、ビルセゼルトの話を聞いたドラゴンの長ヴァオヴァブは呆れていた。


「前代未聞だ、ギルドを二分するなんて。始祖の王ゴルヴセゼルト、つまりビルセゼルト、あんたの祖先がまとめ上げた魔導士の絆を崩すとは」

「そうだね、わたしは王家の直系でありながら、ギルドを二分した『史上最悪のギルド長』と、汚名を残すことになる」


「まぁ、汚名は返上することもできるさ。どうせ再び統一するつもりでしょ? そうすれば、その時は『再統一王』とでも呼ばれるさ。だが面倒なことだな。最初から二分などしなければいいのに」

「ドラゴンから見れば我々人間は愚かに見えて仕方ないのだろうね」


 茹で卵の殻をむいてはヴァオヴァブに手渡す作業を繰り返しながら、ビルセゼルトが苦笑いすると

「そうでもないぞ。我々ドラゴンも人間と同じくらいは愚かだ。十倍も二十倍も長生きしてもそうなのだから、むしろドラゴンは人間よりも愚かかもしれない」

ヴァオヴァブが嬉しそうに茹で卵を食べながら笑う。


 本来ドラゴンはおしゃべりで人好きだ。そして茹で卵好きでお人よしが多い。しかし、残念ながらドラゴンには卵を茹でることができない。鍋を持っていないし、必要もない。さらにあの大きな手では殻をむくこともできない。魔導士がドラゴンに何かを依頼したい時、茹で卵を持参するのを忘れなければ、たいてい巧くいく。


 話し言葉はドラゴンのものだが、神秘力を使ってドラゴンと話ができる魔導士は多い。魔導士学校でも、他生物会話のドラゴン語は必修となっている。


 退治されるドラゴンだけでは世の中に出回っているポーションや武器や防具が作り切れるものじゃない。魔導士がドラゴンのコロニーに出向き、剥がれたウロコ、抜けた髭や爪の垢とか、そんなものを買い付けているから、それなりの数が供給されている。魔導士とドラゴンはいわば持ちつ持たれつの関係だ。


 変わり者はどこにでもいるわけで、コロニーに馴染めなかったり、暴れん坊だったり、人間嫌いだったり、なんてドラゴンもいる。


 たいていコロニーの中で何とかするのだが、そんな変わり者がコロニーを飛び出して、市井の人々に乱暴を働いたり、食ってしまったり、火を吹いたりで憂さを晴らすことがある。その時は魔導士が退治していいと話しが付いているものの、魔導士はドラゴン語を使って、最初はコロニーに帰るよう説得するのが定石だ。


「そうだ、ヴァオヴァブ、示顕(じげん)王について何か知らないか?」

大きな目を、ギロリとビルセゼルトに向け、ヴァオヴァブが唸る。

「知っていても教えない。人間が知ればロクなことにならない」

「それはなぜ?」

その問いに、ビルセゼルトならそのうち自分で答えを見つける、とヴァオヴァブが言った。


「それにしてもサリオネルトは残念だったな」

あいつはいいやつだった、とヴァオヴァブが呟く。


「サリオネルトを知っていた? ヤツが南の陣地のドラゴンと知り合いだとは意外だ」

「サリオネルトはドラゴンの間でも人気者さ。全てを受け入れ全てを否定する。受け入れられて心地良さを感じ、否定されて認めさせたいと執着する。彼の否定を(もろ)さと感じる人もいたようだったけど、どちらにしろ、それがサリオネルトの魅力だと思うよ……あいつの(そば)にはいつも人が大勢だったよね」


 気付いていたかい? とヴァオヴァブが笑う。ビルセゼルトは何と答えていいか判らず黙っていた。


 サリオネルトの魅力がどこにあるかなんて考えてみた事もない。サリオネルトのほうが自分より優れていると感じて、自分との違いはどこだろうと悩んだ頃はあった。


 それも今では遠い。


 そんなビルセゼルトを面白そうに見ながらヴァオヴァブが続ける。

「彼が示顕王だってのは、彼が生まれた時から知っていたさ。常に様子を見てた。示顕王の剣も神秘王の剣も、我らドラゴンが献上したものだよ」


 ドラゴンのウロコを鍛えて剣を作った。剣はドラゴンと繋がっている。


「剣は対価を求めると聞いたけど、それはドラゴンと関係しているのかい?」

ビルセゼルトの問いに

「ドラゴンのウロコの性質を考えれば判るだろ?」

ヴァオヴァブが笑う。


「示顕王の剣は昔々の長バンドラボムのウロコを使っている。バンドラボムは人物の価値観を見て、その人を評価していた。だからだと思うよ」

「へぇ……バンドラボム、古文書に名前があるね。ドラゴンをまとめ上げてコロニーを作った最初のドラゴンだ」

「そう、俺の先祖さ。偉大なバンドラボム」

ヴァオヴァブが得意げな顔をする。


「それで、神秘王の剣は?」

ビルセゼルトが話を元に戻す。

「神秘王の剣はその妻グラネリコのウロコだ。こちらは対価を要求しない。あれば術が強くなるけどね。その代わり……」

と、ここでヴァオヴァブが口をつぐむ。


「その代わり?」

「いけない、いけない、言ってはいけない。もうお喋りはこれで終わり。帰りな、ビルセゼルト。茹で卵は美味かったし、久しぶりに話せて楽しかったよ。手打ちの件は了解した。その日、また会おうね」

半ば追い返されるようにビルセゼルトはドラゴンのコロニーを後にした。


 予定通り、ギルドと北の陣地の手打ちは行われ、九日間戦争は終戦を迎える。同時にギルドは二分(にぶん)され、便宜上、南・北ギルドと呼ばれるようになる。南ギルドと北ギルドだ。


 そして北ギルドは西の魔女にドウカルネスを指名し、南ギルドも了承している。


 こうして魔導史上に残る『灰色の記録』が始まった。

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