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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第五部 遁走 守られる者 守られる愛

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23 守り石(3)

 ロハンデルトの捜索は夜を徹して行われていた。


 赤ん坊がいないことに気が付いた乳母は腰を抜かしたが、ひょっとしたらジョゼシラやビルセゼルトが連れて行ったかと、まずは魔女の居室を訪ねている。


 乳母の報告を受けたジョゼシラは顔色を変え

「すぐに城中探しなさい」

と乳母に命じ、急ぎビルセゼルトを起こした。

「ロファーの姿が見えないと、乳母が騒いでいる」


 やっと起き出したビルセゼルトは眠気でふらふらしながらローブを羽織ったが、広間に姿を現すころにはいつもの隙のない身のこなしを見せた。


 広間を見渡すと(こう)()に立ち、『静まれ』と魔導士たちに命じた。何事、と魔導士たちがビルセゼルトに注目する。が、それきりビルセゼルトは何も言わない。そこにジョゼシラが駆け込んできてビルセゼルトに耳打ちする。

「乳母たちは見つけられなかった」

それにビルセゼルトが頷いた。


「飲み足りない者もいるかもしれないが、機会を次に譲りたい」

不満顔の魔導士を眺めながら本題を切り出す。

「サリオネルトの息子の姿が見えない。乳母たちが探したが見つからない。酔い潰れていない者は捜索に当たって欲しい」


 南の魔女の居城は蜂の巣をつついたような大騒ぎと化す。酔い潰れていた者を除いて、一気に酔いが醒めたようだ。


 数人がロハンデルトに与えられた部屋に行き、部屋中を探し回った。部屋やベッドやクローゼット、ところかまず解術し、術を掛け、赤ん坊を探すが見つけられない。


 部屋に記憶の巻き戻しを命じるが、城がそれを拒んだ。そこでジョゼシラが呼び出される。


 ジョゼシラが目を閉じ、部屋の壁に手を触れ『何も見えない』と言えば、では連れ去られたのではなく、どこかへ引き寄せられたのだ、あるいは、赤ん坊が自分の力でそうと知らないうちにどこかに行ってしまったのだ、と結論が出る。術を使ったフリをして、ジョゼシラが『何も見えない』と言ったとは誰も思わない。


 城は強力な結界で守られ、どれほど高位の魔女でも魔導士でも、城の外から中にいた赤ん坊を引き寄せるのは無理だ。赤ん坊が自ら消えたとするほうが(もっと)もな考えと言える。


 赤ん坊がひょいと自分の力で消えたら、どこに消えたかを予測するのは難しい。南の魔女の居城中を、魔導士が総出で、うろうろしながら探し回ることとなる。


 保護していた両親の部屋は、ビルセゼルト自ら捜索した。赤ん坊の所在不明は自ら打った芝居だ。両親の部屋を捜索する気などさらさらない――サリオネルトの報告が本当の目的だった。しかし、そうは言えず『わたしの親だと思えば、他の魔導師に遠慮させてしまう』と理由を付けた。下の息子を亡くしたばかりだ。どうお悔やみを言ったらいいのか、きっと誰もが悩むだろう。


 ドアを叩くと父親が応対に出てきた。ビルセゼルトの顔を見て一瞬(ひる)む。

「あ……ビルセゼルトか」


 息子の顔を見間違えたのかい、とビルセゼルトが薄く笑うと、

「一瞬、サリーかと思った」

と父親が顔を背ける。


「父さん、サリーは……」

「死んだのだな」

父親の言葉は質問ではなかった。あの衝撃波を感じ取っていたはずだ。死の瞬間の波動は血の濃い者、繋がりの強い者ほど強く感じる。

「それで? 生まれた子は?」

ロハンデルトの顔を見せに来るべきだった……後悔したがすでに遅い。


「それが姿が見えなくなってしまって、いま探させているんだ」

「いなくなった? まさか北に連れて行かれた?」


「判らない。とにかく探しているから。見つかったら連絡するよ」

その時、部屋の奥にあったドアが開いた。


「母さん。具合はどう? 起きてていいのかい?」

「サリー!!」

「なっ……母さん、サリーって?」

絶句するビルセゼルトに母親が抱き付いて泣きじゃくる。


「サリー、てっきり死んでしまったと思った。あの衝撃はおまえが死を知らせたのだと思った」

「――母さん」

ビルセゼルトもその父も、母親に本当のことを言うか迷う。サリーではないよ、ビリーだよ。


「母さんはおまえに何もしてやれなかった。おまえはいつも遠くにいた。手元に置きたかったのに、自分で育てたいと願ったのに、おまえの父さんはどうしてもダメだと許してくれなかった」

母親の告白にビルセゼルトが思わず父親を見る。父は目を伏せた――ビルセゼルトに父親を責めるつもりはなかった。知らなかった真実に驚いただけだ。力をもって生まれた男児は五年と生きられない、それを考えれば父の判断はきっと正しい。


「小さかったサリー。おまえは会うたび大きくなっていて、まるで別人のように感じた。そして琥珀色の瞳は手放したわたしを責めていると思った」


 愛しければ愛しいほど、通じ合えなければ憎くなる。そして憎むことで自分を正当化した。わたしの子ではないと、おまえを否定することで自分を守った。


「許しておくれ、サリー、大切な我が子。おまえの優しさに甘え過ぎていた」

ビリーはいつも家にいるのに、どうして僕は余所(よそ)に行かされるの? 里親の(もと)に返すとき、いつもおまえはそう訊いた。そのうちに判ると、いつもわたしはそう答えた。だけど、なんであの時、あんなことを言ったのだろう。


 辛い別れぎわのその問いは、拷問のようだった。その苦しみをおまえにぶつけてしまった。『おまえは普通じゃない』だから余所(よそ)にやる、と。


 あの時のおまえの顔を今も夢に見る。驚いてわたしを見詰める琥珀色の瞳、それが次には笑顔に変わった。そっか、それじゃあ仕方ないね。幼い声はわたしを責めることなくそう言った。


 どんな思いでおまえは微笑んだのだろう。それきり、同じ問いをおまえが口にすることはなくなった。そして態度が変わることもなかった。全ておまえは自分で受け止め、わたしを責めることなく、いつも笑顔は穏やかだった。


「なんで自分の息子を守ってやらなかったのだろう? おまえの死を感じた時、どれほど後悔したことか。もうおまえを助けてやることも、愛していると言ってやることもできない。愚かな母親が許しを請うことも、もうできない」


 泣きながら訴える母親をどう慰めたものかとビルセゼルトが迷う。そして動けないことに気が付く。それに襟元が燃えるように熱い。熱源はサリオネルトの守り石だ。


 実家で守り石の箱を開け、サリーの石が戻っているのを見た時、この石は自分が使おうと急に思いついた。もし戻ってきていたら、それをロハンデルトにと、その時まで思っていたのに。


 サリオネルトの仕業だ。そうでなければ、サリオネルトの思いを受け止め続けてきた守り石の意思だと思った。


 ひとしきり泣いた母親がそっとビルセゼルトの襟元に触れてくる。守り石があるあたりだ。そこをじっと見つめている。そして呟いた。


「ビリー、やっぱりサリーは死んでしまったんだね。そしてわたしを許すため、おまえをここに寄越したんだね」

守り石が冷えていくのをビルセゼルトは感じていた。


「母さん、あまり起きていると身体に響くよ」

父親が妻に声を掛け、寝室へと(いざな)う。頷いて母親がそれに従う。父親がビルセゼルトに会釈する。ビルセゼルトがそれに会釈を返し、部屋を出ようとした。


「サリーに会わせてくれてありがとう、ビリー」

母親の消え入りそうな声が聞こえた。

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