3 捕らえられる二人(2)
「それは僕がなんとかする」
そう言ったのはビリーだった。
「つい、こないだまで魔導士ギルドの次の長に指名されてたんで、何度も総本拠に呼び出された。出入り口くらい承知している」
そこにこちら側から結界を張ろう。だれも魔導士学校側には入れない。
「それはジョゼ、手伝って。僕一人の結界では心もとない」
ジョゼが満足そうな笑みを見せた。
では、計画はこうだ……ジョゼが確認する。
「まずは火のルートを塞ぎ、魔導士ギルドの総本拠の出入り口を封印し、学校に張られた結界を完成させる。ギルドは悔しいだろうな。学校を守るため自分たちが張った結界が自分たちを拒むのだから」
これで外部から魔導術を使っての侵入はできない。
「次に学生の懐柔」
マリとニアは学生数が一番多い黄金寮、わたしとビリー、ホビスは赤金寮の談話室で落ち合って、まずは赤金寮、次いで白金寮の学生を囲い込む。
「単独行動は目立たない面ではいいが、もしこの件に反対する者がいた場合、一人で対処するのは巧い方法と思えない。ま、わたしは魔女として、睨みを利かせようじゃないか」
「友達が一人もいないジョゼは出る幕がないと思ってたけど、なるほどね。って、痛てててて!」
そっとホビスに耳打ちしたビリーが急に耳を抑え、痛みを訴えた。
「痛かろうね、思い切り引っ張ってみた」
どうやらジョゼに、魔導術で耳を引っ張られたようだ。耳たぶの付け根が千切れちゃって血が出てる、とビリーが苦情を言った。
「仲間になってくれる学生は食堂に集め、そうは成れない学生、反対する学生は力を取り上げて任意の部屋に閉じ込める」
この辺り、勝算はどうかな? 半数以上を集められる? ジョゼは四人にそう言いながら、そっとビリーの耳たぶに触れた。ビリーの傷はすっかり治ってしまっている。瞬時、二人は見詰めあったが、周囲は見て見ないふりをした。
「赤金寮は問題ない。我が寮の結束は固い。ビリーとサリーの従弟シスも我が寮にいる。そしてみんなサリーのことが好きだ」
ホビスが真っ先に確約する。
「白金寮も良好。自惚れと言われようが、みんな僕を信頼し頼ってくれている。問題ない」
次に答えたのはビリー、弟の命がかかっている。必死の説得は功を成すだろう。
ニアはマリと目配せして肩をすくめてこう言った。
「サリーは黄金寮の寮生よ。赤金寮でも人気者らしいけど、黄金寮だって同じ。まして、サリーを助けるのに反対する女子はまず、いないわね。マリを大事にする彼に、みんな好感を持っているもの。あんな恋人が欲しいって憧れているコも大勢いるわ。そして男子の半数はわたしに手紙をくれた人たちよ。協力してくれるに決まってる」
わたし、お断りするにしても相手を容赦なく傷付けたりないから――これにはビリーが少し気まずい顔をした。
では次に教職員の拘束とレギリンス先生の懐柔――
「レギリンス先生のところへは、俺と、各寮の代表者を引き受けた学生の三人で行くよ」
と言ったのはホビスだ。いわば学生代表なのだから、レギリンス先生も快く応じてくれると思う。
そうでなくても引き受けてくれるだろうけど、形式が整っていれば、後々ギルドが入ってきてからの先生の立場を守れると思う。
「ホビス、よく考えているじゃないか」
ジョゼがにこりとする。
「では、残りの教職員たちの拘束はわたしとマリ、ニア、ビリーであたろう」
「いや、ここから先は学生の協力者たちにやってもらったらどうだ?」
そう言ったのはやはりホビスだ。
「なんのために組織したのか、考えようよ。各寮の寮監は各寮の協力者で。いつも従えさせていた学生たちの反乱、それでいいじゃないか」
「赤金寮は無血開城が見込まれているから気楽だな。でも、そうだね、ホビスの言う通りかも」
ジョゼも考え直したようだ。
「そうだね、学生たちがサリーを取り返すために立ち上がった。そう芝居を打とうと思っていたわたしは間違っていた。これは芝居じゃない。本当に学生たちは決起するんだ」
「そうよ、わたしたち学生はサリーを取り戻すために立ち上がるの」
ニアがジョゼの言葉を引き継いだ。
「では、各寮の寮監の後は、それぞれの寮ごとに行動し、教職員をひとり残らず拘束して食堂に集める」
教職員の拘束も一人ずつ、拘束したら食堂に連行、食堂ではわたしが監視を勤めよう。
「なに、拘束された教職員の監視など、わたし一人で問題ない」
「そう言えば、ジョゼってどこの寮なの?」
「わたしか? わたしはどこの寮にも属していない。だから寮ごとの行動には同行できない」
中途半端なジョゼの説明をビリーが補足する。
「ジョゼは教師棟に部屋を貰っているんだ」
それも親の七光り? ホビスがそっと呟いた。
ではわたしは一足先に行くよと、ジョゼが姿を消す。寸時、誰も声を出さず、興奮を抑えているようだった。その沈黙を破ったのはホビスだった。
「ビリー、あれは大変だな」
そして再びの静寂の後、どっと笑い声が上がる。
「ほんと、怖かったわ」
涙目を抑えながらマリが言う。
「うんうん、なんだか圧倒されて何も言えなかった。もちろん、計画に異論はないのだけどね」
ニアも笑いながら言う。
「でも、ジョゼって凄いわ。サリーがわたしの何倍もの力、って言ったけど、触っただけでビリーの傷を治してしまったし」
爆笑の渦の中、ビリーは苦笑いするしかない。そして婚約者として庇わないわけにもいかない。
「みんなはそう言うかもしれないけれど、あれで可愛いところもあるんだよ。教えたことはきちんと覚えようと努力するし、割りと素直だ」
「そうね、ビリーが教師には敬語をって言ったら、すぐ実行したものね。可愛いとわたしも思ったわ」
ニアが笑いながら言えば、マリもうんうんと頷く。思い出して更に笑い声が大きくなるのはホビスだ。
「僕は予言するね。ビリーは将来、女房の尻に敷かれる」
ホビスが冗談を言う。
「あぁ。そりゃそうさ。その予言は当たるだろうよ」
と答えたビリーが続ける。
「そして僕は予言する。今日の僕たちの行動は、魔導史にこう刻まれる」
王家の森魔導士学校にて、初めて学生が狼煙を上げる……




