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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第五部 遁走 守られる者 守られる愛

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22 城の意思(1)

「ニア! 取引はするな!」

ホヴァセンシルが叫ぶ。そして……


「ぬぬっ!」

(ほとばし)る閃光、交錯する稲妻、部屋の隅に炎が上がる。


「わたしに触れるな、スナファルデ! わたしを、北の魔女と知っての狼藉(ろうぜき)か!」

炸裂する稲妻がジャグジニアから発散され、スナファルデを弾き飛ばした。弾き飛ばされたスナファルデは立っていられず尻もちを()く。


 弾き飛ばされる瞬間、スナファルデは火球をホヴァセンシルに向かって投げた。が、それは大きく的を外し部屋の隅にぶち当たり、そこに火を着けた。


 そしてホヴァセンシルは、ジャグジニアが放った稲妻を受け止めようとして、やはり弾かれて壁に強く打ちつけられ、こちらはとうとう気を失った。


 そのホヴァセンシルにジャグジニアが走り寄り、揺さぶって起こそうとする。腫れあがった顔や、あちこちにできた青痣に手を翳し、泣きながら治癒術を掛けている。


「ホビス、ホビス、しっかりして」

だがホヴァセンシルに意識を取り戻す様子はない。


「くそ……」

スナファルデが頭を振りながら悪態を吐く。体を起こそうとするが、どうにも身動きが取れない。どんな術を使っても効力無効と消されてしまう。


(これは……『家主の憤り』が仕掛けられていたか)

城の(あるじ)の怒りを察し、北の城はスナファルデに行動制止と効力無効の制限を掛けている。


(あの馬鹿な女に、こんな複雑な術を使えるはずがない)

ホヴァセンシルの入れ知恵か……スナファルデは魔女の夫を軽く見過ぎたと後悔したが、次にはこの状況を巧く使わない手はないと北叟笑(ほくそえ)む。


 手ごわいのはホヴァセンシルだけだ。そのホヴァセンシルは今、失神している。


「ジャグジニア、部屋が燃えているぞ」

スナファルデの声に、ハッと、ジャグジニアが部屋の隅に燃え上がる炎に手を翳して鎮火させる。ぶすぶすと黒い煙を吹いて火が消える。


「ジャグジニア、ドウカルネスのほうが重傷だぞ」

あ、っとジャグジニアがドウカルネスの傍に行き、傷の具合を確かめる。ホヴァセンシルが初手に放った稲妻は辛うじて急所を外れ、重症ではあるがドウカルネスの命を奪うことはなさそうだ。


「あぁ、ドゥク……」

おろおろとジャグジニアがドウカルネスの手当てを始める。


「ホヴァセンシルは女にも容赦ないな。ドウカルネスはもう少しで死ぬところだ」

スナファルデがにやにやと笑う。


「おまえのことは惜しくて殺せなかったんだろう。なんともおまえはいい女だ。その身体を惜しむ気持ちはよく判る」

ジャグジニアの手が止まる。


「なぁ、ジャグジニア。おまえがどんなにいい女でも、やがては必ず(とし)を取る。その時、ホヴァセンシルを繋ぎ止めておけるかな?」


 閉じ込められた地下牢でスナファルデが何度もジャグジニアを(さいな)み、(そそのか)したセリフだ。これを言えば、必ずジャグジニアは動揺していた。


 案の定、ジャグジニアの肩が大きく上下し始める。耳を貸してはいけないと思うのに、どうしても気になって聞いてしまう。


「ホヴァセンシルがおまえを裏切ったら、おまえはホヴァセンシルをどうするつもりだ?」

さあさあ、どうする。許せるはずなんかないようなぁ。スナファルデに(あお)られて、ジャグジニアの身体が震え始める。


「八つ裂きにしたくはないか? 夫でありながら北の魔女を裏切るのだ。それくらいの制裁を受けてもいいはずだ」


 なぁ、ジャグジニア、おまえにはその権利がある。おまえは北の魔女だ。その夫ならおまえに(かしず)いて当然なのだ。それを裏切るなんて許せるはずもないよなぁ。


「だが一番はいつまでもホヴァセンシルがおまえに夢中で、他の女に目もくれないことだ」


 振り向きそうだがジャグジニアは振り向かない。


「男をつなぎとめるなど、おまえなら簡単にできる。どうすればいいのか教えてやろう。おまえの手助けを俺がしてやる。なぁに、報酬は要らない」


 ついにジャグジニアがスナファルデに答える。

「わたしにどうしろと?」

「命の保証と、この城での人並みの生活。心配するな、贅沢は言わん」


 ふっとジャグジニアが緊張を解くのが判る。それくらいならなんとでもなると思ったのだろう。スナファルデの狙い通りだ。

「この戦争の後始末も一緒に考えてやる。悪いようにはしない。ホヴァセンシルにも、もう逆らわない」


「この戦争の後始末?」

「サリオネルトの子はどこかに逃げた。それを探して殺さねば、二十二年後、示顕(じげん)王はまた現れる。ギルドとやり合うのが目的じゃないだろう? 終戦して、そちらに力を入れるといい」

「やはり示顕王は討たねばならない……」


「そうだ、討たねば世が乱れる。だが、この意見をギルドは聞き入れない。何しろ今のギルドはビルセゼルトが牛耳っている。弟の子を守るはずだ」

だから、今あるギルドとは決別し、我々で新しいギルドを立ち上げよう。


「おまえが魔女ギルドの長となり、魔導士ギルドの長におまえの夫を据えるのだ。あの男は人望が厚い。魔導士としてもビルセゼルトに引けを取ることはない。必ずギルドをうまくまとめ上げる。その手助けも勿論しよう」

スナファルデが心の中で大笑いしていることにジャグジニアは気付かない。


「なるほど、判りました。ホビスはわたしが説得します」

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