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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第五部 遁走 守られる者 守られる愛

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21 遺志(3)

 ところで『(すべ)ての(ことわり)を知る剣』をビリーは覚えているだろうか。あの黄金(こがね)色に輝く美しい剣は、示顕(じげん)王と呼ばれる者のもとに自ら訪れる。


 あの剣を初めて見たのは『サリーも魔導術が扱える』とビリーが両親に告げ、本当なのかと両親がわたしを問い詰めた時だった。何かがわたしの指先に触れた。なんだろうと思い、わたしは指に触れた物を握って確かめた。すると握った瞬間、それは姿を現した。わたしが手にしていたのは剣、黄金色の剣だった。両親はたいそう驚いたけれど、一番驚いたのはきっとわたしだ。宙から剣が出てきたことにも驚いたが、実はそれだけじゃない。


 あの剣は不思議なことに、送言ができる。意思、いや、人格と言ったほうが近いだろう。剣なのだから人格と言っていいか迷うところだ……最初はビリーのいたずらかと思った。あの頃、わたしに送言してくるなんて、ビリーしかいなかったからね。でも、その声は、ビリーの声とは全く違っていた。


 頭の中で聞こえる声は〝総ての理を知る剣〟だと名乗り、わたしで間違いないか確かめに来たと言った。そして少し早すぎたようだと言って消えた。わたしは呆気にとられるばかりで、ソラテシラのところへ連れていかれて、いろいろと質問されたが何も答えられなかった。勿論、姿を消した剣を取り出すことなんかできっこない。


 あの時から、自分がいつか示顕王になるという事は知っていた。と言うか、うすうす気づいていた。だけど、それがこんな大ごとだとは露ほども知らなかった。それを思い知ったのは星見から二重星の真意を知り、再び剣がわたしの(もと)に現れた時だ。


 星見から話を聞いてこの手紙を書き始めた時、再び剣は現れた。そして剣は示顕王が何者で、どんな力を持ち、何に権限を有するのかを語った。


 そして選択せよ、と言った。自分か息子、どちらにする? その答えはすでに出ていた。息子だとわたしは答えた。


 すると剣は、ならば準備せよという。そしてわたしは自分の死後も、かけた呪文が失効しなくなる方法を剣から教えられた。


 示顕王……(すべ)てを(あらわ)し示す者。


 示顕王が、その名と権限を(もち)い、『命じた事・願った事・予測した事』などはすべて実現する。そして未来永劫、変更されることがない。術者の死が訪れても無効化されることがない。それが示顕王の力の特徴だ。


 こんな言い方をすると不可能がない様に聞こえてしまうね。だけど、そうじゃない。そんな力を持っているなら、誰も悩みはしない。


 示顕王の力を使うには必ず対価が必要だ。その対価が『命じた事・願った事・予測した事』などの価値と同等と剣が判断したときのみ、その術は万全なものとなり実効する。


 簡単な術なら対価も必要ないようだが、価値が同等以下と判断されれば、剣が判断した価値ほどしか術は発現されない。


 たとえばこの手紙に掛けた術全てに対して、剣で腕に一筋の傷をつけ、流れた血を差し出している。


 少々不足、と言って剣は、わたしが零した涙を数粒、勝手に持って行き、手を打つと言った。この手紙は巧く術で守られているはずだが、どうだろう?


 まぁ、とにかく、わたしの死後も示顕王の名や権限を使って掛けた術の効力が失われることはない。


 そう、難しいのは対価をどう用意するかだ。そして何を実現したいかだ。


 夏至までによくよく考え、わたしが持っている、わたしにとって価値のあるものと同等の命令、願い、予測を決めなければならなかった。


 まず、生まれてくる息子に、おのれが持っている力と示顕王の名が持つ権限を理解する時間が欲しいと思った。できるだけ長く、人として成長するまで、示顕王として目覚めるまでの時間が欲しい。


 示顕王の真の目覚めは二十二年後だと星見は言った。今のわたしと同じ(とし)だ……それに気づいた時、あぁ、そういうことか、と合点した。


 わたしが生きてきた二十二年、これを対価とするから二十二年先になるのであり、わたしは命を失うのだ。


 どちらか選べと言われたわたしが息子を選ぶと、星は知っていた。そして道しるべとなり、導いてくれたのだ。わたしは魂を対価として捧げ、魂を息子の中に封印することとした。示顕王の真の目覚めには、わたしの魂が必要になる。なぜなら、示顕王は二人で一人。


 封印されたわたしの魂は息子を守り、そして封印が解かれるとき、魂は息子に融合され、示顕王の力と名の効力が息子に移譲される。『再生と融合』の星が示すのはこれだ。


 さらに息子に選択肢を与えた。つい、出てしまった親心だ。示顕王となるかならぬか、それを息子に選択させることにした。


 可能なはずだと思った。二十二年後に二つの星が巡り合うと星見は言っていた。そのもう一つの星に、ひょっとしたら示顕王を委譲できるのではないか? それに掛けてみた。


 剣が、『息子に選択させるなら、本人からの対価が必要だ』と言う。そこでわたしは息子にある義務を課した。


 命を賭けて愛し合うただ一人の相手、その相手とのみ愛を分かち合えと、決して相手を見誤るな、と。それを義務とした。


 剣は満足し受け入れた。ただ、もし相手を間違えれば、息子は命を差し出すことになるぞ、と言った。迷った。人は誰も間違いを犯す罠に(さら)されて生きている。一つ選択を間違えれば、ずるずると間違った方向へ引きずられていく。


 そこでわたしは息子に、マリの愛とわたしの思いを刻むことにした。わたしたちの愛が息子を正しく導いてくれると信じた。そして選択させることを選んだ。


 本当はもっと願いたいことがあった。が、マルテミアの死の瞬間、その隙をついて悪魔が城に落とした稲妻は、ロハンデルトを貫いた。


 わたしは示顕王の力をロハンデルトの命を呼び戻すために使った。対価は西の城とした。


 西の城に掛けた大地の守りに使った示顕王の名、これを魔導士(・・・)サリオネルトと置き換えることでどうだ? と、剣を説得した。


 必死だな、と剣は笑った。示顕王になるべき赤子の命、対価は足りぬが多めに見よう……ついでに、その必死さに免じて『決して引き離せぬ契り』を一度だけ使えるようにしてやる。城が倒壊する事になれば、必要になるのだろう?


 わたしが示顕王の名と権限を使ったのはこれで全てだ。示顕王の本来の仕事とは違っている。わたしは悪魔に一矢も報えなかった。


 剣は言った。災厄はやっと始まったばかりだ。始まったとさえ気づいていない者が多い。示顕王はその災厄が世に蔓延(はびこ)るまでは動けない。二十二年はいい時期だろう。


 ビリー、二十二年、我々はどうしても待たなくてはならないようだ。


 そしてもう一つ、剣の助言がある。十三年後と十八年後に、時の流れが大きく揺れる。十三年後、そして十八年後の夏至だ。その日、示顕王・神秘王は大きく時流に影響され、二人に施された加護や保護術、封印が弱まってしまう。施された護りが解かれたり、悪くすると命を落とす危険がある。神秘王について剣はそれ以外、語らなかった。


 ビリー、十三年後、十八年後の夏至だ。忘れるな。

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