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憧憬のエテルニタス  作者: 寄賀あける
第五部 遁走 守られる者 守られる愛

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21 遺志(1)

 やっと気が付いたブランシスの枕元で、安心したモネシアネルが涙を拭う。

「よかった、このままあなたまで逝ってしまったらどうしたらいいかと……」

「モニー……」

恋人の涙にブランシスが狼狽(うろた)える。が、すぐに

「ロハンデルト! 赤ん坊はどうした?」

と飛び起きる。


「あたたたた……」

「急に起きてはだめよ。癒術魔導士が手当てをしたけれど、完全修復には時間が掛かると言っていたわ。鎖骨が折れている、って」


「それより、赤ん坊は? それにサリーはどこ?」

モネシアネルが口ごもる。


「赤ちゃんはジョゼシラさまが連れて行ったわ。勿論ご無事よ」

ほっとブランシスが息を吐く。

「そうか……」


 それでサリーは? とブランシスに訊かれたらなんと答えよう?……身構えるモネシアネルに、ブランシスがサリオネルトの安否を尋ねることはなかった。知っているのに、つい訊いてしまった。


 その頃ビルセゼルトは、危なっかしい手つきで赤ん坊を抱いていた。

「うん、よく似ている。少なくとも髪はサリーと同じ色だ」

もう泣いてはいないが、涙腺が緩んでいることは否めない。


「名は?」

「それが、ブランシスは着いてすぐに気を失ってしまって。まだ誰も名を聞いていないのです」

乳母の一人が答える


「そうか、シスも大変だっただろう。目が覚めるまで寝かせてやれ」

サリオネルトの息子に居城の一室をジョゼシラは与え、そこに慌てて乳母を集めた。乳を貰って、赤ん坊はすやすやと眠っている。


 やって来たビルセゼルトは赤ん坊を抱くと、顔を見続けたまま離さない。そしてポツリポツリと独り言を口にする。


 父親似だとか母親似だとか、男の子か女の子か、とか、赤ん坊というのは可愛いものなのだな、とか……涙ぐんだり微笑んだり、なにしろ忙しい。不意にじっと目を閉じるのは、サリオネルトを忍んでいるのだろう。


 乳母たちは生まれて間もない嬰児を抱き続けるのはどうかと心配するが、誰もそれを言い出せず、ハラハラと見守るだけだ。


 赤ん坊は西の城からこの城まで飛ばされた。到着したときはブランシスに守られて何事もなかったが、あとから影響が出るかもしれない。ましてビルセゼルトは危なっかしく、間違えて赤ん坊を取り落としそうで見ていられない。


 そこにジョゼシラが現れて、乳母たちがホッとする。これでジョゼシラがビルセゼルトから赤ん坊を取り上げてくれるだろう。

「ブランシスが目覚めた。モネシアネルがサリオネルトから預かった親書を渡したいと言っている」


 ビルセゼルトが胸元に抱いた赤子の顔を覗き込みながら、ジョゼシラが言う。

「顔がくしゃくしゃだ。眠っているのか?」

「赤ん坊なんてみんなくしゃくしゃなんじゃないのか?」

「あ、欠伸(あくび)した」

ジョゼシラが笑う。


 ビルセゼルトが乳母に目配せし、近寄ってきた乳母に『頼むね』と赤ん坊を渡す。


 名残惜しそうに部屋を後にするビルセゼルトに

「また、いつでも部屋を訪ねればいい」

先を急かすジョゼシラにビルセゼルトが、

「赤ん坊とは可愛いものだな。初めて抱いたが、柔らかくてふわふわしていた」

と顔を(ほころ)ばせる。

「自分の子が欲しくなったか?」

ジョゼシラの顔が少しだけ不安の色を帯びる。


 おまえは欲しくないのだろう? 無理強いするつもりはない。その言葉を飲み込んで

「おまえみたいな子どもが子を産んでどうするつもりだ?」

ビルセゼルトは冗談で誤魔化した。


 謁見室ではブランシスとモネシアネルが(かしこ)まって待っていた。


「楽にしろ」

部屋に入るなりビルセゼルトがそう言って指を鳴らす。すると座り心地のよさそうな椅子が二脚、宙から現れた。


 ジョゼシラが魔女の座に腰かけるとモネシアネルが姿勢を低くしたまま、預かった書簡を掲げる。それをビルセゼルトが受け取り、ジョゼシラに渡す。


 ジョゼシラが開封し、中から紙片を取り出して顔色を変える。なにも書かれていない。見守っていたビルセゼルトも驚くが、次には手を差し出して紙片を受け取った。


「思った通り、『二重親展』だ」

ビルセゼルトが紙片に触れた途端、文字が浮かび始めた。


 ビリー……大事な我が兄、偉大なる魔導士ビルセゼルト、あなたがこの手紙を読む頃、わたしはすでにこの世を去っていることだろう。


 今、この手紙を書きながら、わたしは恐怖に震え、課せられた使命の厳しさを恨んでいる。そして、生への未練はわたしに、あなたや、わたしを支えてくれた人たちの顔を思い浮かべさせている。


 ビリー、わたしの人生をあなたは明るく彩ってくれた。あなたの存在にわたしはいつも救われていた。両親に見捨てられ、()りどころのないわたしに、あなたは唯一の支柱だった。


 幼い頃から、わたしがビリーを(たよ)りにしていたことに気が付いていただろうか。ありがとう。どんなに感謝の言葉を並べても言いつくすことはできない。ありがとう。大好きな兄さん――


 ここで黙読していたビルセゼルトが目を閉じて暫く動けなくなった。涙が落ちるのを防ぐため紙片を横にずらすと文字は消える。


 サリオネルトはビルセゼルトだけにこの手紙を読ませたいのだろう。読み上げようとしても声が出せなかった。

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