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2.「運命の出会い」

「い、今のは、最上級風魔法ですか!?」

「悪い、俺の衝撃波だ。少し速く歩き過ぎた」

「!?」


 ティピィが言葉を失う。


 正直、俺もビックリだ。

 俺は世界最速になりたかっただけで、こんな、歩く災害みたいになるつもりは無かったのだが。


「お前が無事でよかった……けど、父さんを救出しないと」


 衝撃波の方向が良かったらしく、ティピィは無事だったが、父は思いっ切り吹っ飛んでしまっている。


 ちなみに、恐らくだが、この衝撃波は〝指向性〟を持たせることが出来るのだろう。

 咄嗟に、〝女性は傷つけてはいけない〟という意識が働いたのだと思う。特にティピィは、以前俺が酷い仕打ちをしてしまった相手だし。


 じゃあ父親は傷付けて良いのかというと勿論そんなことはないが、まぁ、平民出身なのに剣の腕一本で騎士団団長にまで上り詰めて公爵家になった父なら、あの程度で死ぬことはあり得ないからな。


「父上、大丈夫ですか?」


 俺が、今度はゆっくり歩こう、と意識しながら歩くと。


 ゴオオオオオオッ


「きゃああああ!」

「………………あ」


 それでもまだかなり速かったらしく、爆風が吹き荒れて、ティピィがメイド服のスカートの裾を押さえる。


「ぼ、坊ちゃまはここでじっとしていて下さいませ! 旦那さまああああ!」


 ティピィがパタパタと走っていく。


「何事だ、ティピィ?」

「執事長! 坊ちゃまの歩く速度が早過ぎて、旦那さまが吹っ飛んだんです!」

「……うむ、全く意味が分からないが、取り敢えず旦那さまが窮地に陥っていることだけは分かった! 救出するぞ!」

「はい!」


 執事長兼私兵団団長(指南役)のラトバスが合流、ティピィと共に瓦礫を乗り越えて、父が吹っ飛んだ方向へと走っていく。


 半壊した屋敷の中で一歩も動けなくなった俺は、申し訳ない気持ちと同時に、正直、ちょっとワクワクしていた。


「〝速い〟って、スゲーんだな……」


※―※―※


「父上、本当に申し訳ございませんでした」


 ゴオオオオオオッ


「……ぬおおっ! ……ぐっ……! ……良いんだ、スピッド。気にするな。これだけ強ければ、もう誰もお前を殺せる者などいまい。むしろ儂は安心した」


 出来るだけゆっくり頭を下げた俺だったが、それも速かったらしく、爆風に吹き飛ばされないようにテーブルにしがみつきながら、父が返事をする。


 なお、最初の衝撃波で重傷を負ってしまった父親だったが、公爵家の当主ということで、普段から命を狙われる可能性を考慮して、解毒薬と共にポーションも常備しており、ハイポーションを飲むことで全回復している。


 また、半壊した家に関しても、物体修復魔法を使えるS級魔法使いを呼んだので、すっかり元通りだ。


「あの……父上に怪我をさせてしまったことも勿論本当に申し訳なく思っているのですが、その……家を直すのにも、かなりお金が掛かりましたよね?」

「なぁに、大したことはない。そんなこと気にするな。貴様が強くなって、破滅フラグとやらに負けることが無くなった証なのだ。このくらい、どうってことはない。はっはっは~!」


 俺が気にやまないようにと、明るく笑い飛ばす父。


「……でも、必ずお返しします! 十年間のトレーニングで得た、このスピード、この力で!」

「気にしないで良いと言っておるのに。全く、どこまで親孝行な息子なんだ、貴様は。だが、そうだな……。もし気にせずにはいられないと言うのならば、金のことより、結婚のことを気にしてくれ」

「結婚ですか?」


 父が「ああ」と頷く。


「貴様ももう十五歳だ。大抵、このくらいの歳までには、貴族というのは結婚相手が決まっているものだ。だが、貴様はこの十年間、それどころではなかった。よって、許嫁もいない。無論、儂が貴様に見合う相手を探してやっても良いが、〝定められた運命〟に抗う貴様を毎日見ていて、思ったのだ。もしかしたら、結婚相手も、自分で見付け出すのではないかと」


 正直、俺は〝世界最速〟さえ達成出来れば、結婚なんてしなくて良いと思って生きてきた。


 でも、他ならぬ父の言葉だ。

 きっと、結婚というものは、意義あることなのだろう。


「分かりました。近い内に、結婚相手を見つけてみせます」

「おお! そうか! これでローズマイルズ家も安泰だ! はっはっは~!」


※―※―※


 ゴオオオオオオッ

 ゴオオオオオオッ

 ゴオオオオオオッ


 出来るだけゆっくりと歩きながらも、まだ速くて一歩ごとに爆風を発生させつつ廊下を歩く俺。


 ちなみに、「危ないから暫くは近付かなくて良い」と言ったのに、「大丈夫です! 坊ちゃまのお世話をするのが、メイドの務めですので!」と、ふんすと鼻息荒くついてきたティピィは、「きゃああああ!」と、俺が歩く度にスカートを押さえている。


「なぁ、ティピィ」

「きゃああああ! はい、何でしょうか?」

「父さんはああ言ってたけど、やっぱり俺は、家の修繕費をちゃんと自力で返したい」

「きゃああああ! 流石です、坊ちゃま!」

「そこでなんだが」

「きゃああああ!」


 うん、喋り辛い。

 俺は歩くのを止めた。


「俺のこのスピード、この力を使って、金儲け出来ることってないか?」

「そうですね……パッと思い付くのは、やはり冒険者、ではないでしょうか?」

「冒険者、か」


 この十年間、サポートシステムのサポに色々聞いて、一通りこの世界の基本情報は把握している。


 確かに、冒険者になって、報酬の良い依頼やクエストをこなせれば、大金を得られるだろう。


「だけど、それって、B級とかA級、更にはS級になれたら、って話だよな。まずF級から始まって、コツコツと地道に簡単な依頼やクエストをこなさないと高ランクの依頼とかは受注出来ないから、時間が掛かるんだよな。う~ん」


 と、そこに。


「では、〝剣魔闘大会〟に出場されてはいかがでしょうか?」


 執事長兼私兵団団長のラトバスがやってきた。


 元王国騎士団副団長である凄腕の初老の男性。

 現在はこのローズマイルズ公爵家の執事長兼私兵団団長であり、私兵団指南役でもある。


 きちんと整えられた白髪で上品な白髭を持ち穏やかな雰囲気の彼だが、上等な燕尾服に包まれたその身体は、筋肉で盛り上がっており、強いのに紳士で、渋くて滅茶苦茶格好良い人だ。


 王国騎士団時代は、団長だった俺の父とタッグを組み、活躍していたらしい。


「〝剣魔闘大会〟か。聞いたことあるな。あれって、賞金出るんだっけ?」

「はい。金貨百枚です。それだけあれば、御屋敷の修繕費を御返しするには十分かと」

「金貨百枚!」


 この異世界では、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨がそれぞれ十円、百円、千円、一万円、十万円なので、金貨百枚となると、一千万円相当となる。


 更に、基本的に異世界の物価は安いので、大きな屋敷と言えども、金貨百枚あれば十分に修繕費は出せるのだ。


 なお、〝剣魔闘大会〟はその名の通り、剣と魔法の両方を使って戦ってOKだ。ちなみに、もしスキルがあれば、それもOK。

 相手を殺したら失格で、場外もそう。あとは降参した場合も失格だ。


 モンスターや他国の軍隊に負けない強者を育てるために国が主催しているらしい。


「丁度来週、王都コルニロットにて開催される予定です。どうされますか?」

「出る!」


 よし、これで父さんに、ほんの少しだけお返しが出来る!

 結婚相手探しも勿論するけど、万が一家計が破綻なんてした日には、目も当てられないからな!


「ティピィ、ラトバス、教えてくれてどうもありがとう!」


 ゴオオオオオオッ


「ぐぬぬぬぬっ! 坊ちゃまのためなら、このくらい、御安い御用です」

「きゃああああ! どういたしましてです!」


 興奮した俺が頭を下げると、先程よりちょっぴり強い爆風が吹き荒れて、ティピィを守ろうと咄嗟に前に出たラトバスが、吹き飛ばされないように必死に踏ん張って何とか堪えた。


※―※―※


 翌日。


「大分慣れたな。これなら、日常生活もちゃんと送れそうだ」


 ものす~っごくゆっくり動くことによって、俺は、屋敷内のみならず、なんと街中すらも自由に移動出来るようになった。


 ちなみに、今でもまだ俺が歩くたびに風は発生しているものの、暴風とはならず、ちょっと強めの風、という程度なので、特に問題は無いだろう。


 ただ、意識して滅茶苦茶ゆっくり歩くのって、結構しんどいんだよな。

 屋敷内と違って行き交う人の数が多いから、気を遣うし。


「ふぅ~。ちょっと一休み」


 人気のない路地裏で俺が休憩していると。


「見つけましたわ、スピッド・フォン・ローズマイルズ! 引きこもりが家から出てきたという噂は、本当でしたわね!」


 ビシッと俺を指差してきたのは、金髪碧眼で縦ロールツインテールで赤と金の豪奢なドレスに身を包んだ美少女だ。


「……ロロシィスか?」

「ええ、そうですわ!」


 得意顔で慎ましい胸を張る彼女は、北隣の領土を治めるアロガンチネント公爵家の一人娘であるロロシィス・フォン・アロガンチネントだ。


 幼い頃、まだ俺が前世を思い出す前に、何度か俺の家に遊びにきたことがある。


「でも、思い出すのにちょっと時間が掛かったのは減点ですわ!」

「悪かった。すごく綺麗になっていたから、すぐにお前だと分からなかったんだ」

「き、綺麗!? ま、まぁ、わたくしが美しいのは当然ですわ! 何を当たり前のことを!」


 頬を紅潮させた彼女は、高級そうな扇子を胸元から出すと、パタパタと扇いだ。


 暑いのか?

 だったら、俺が歩いて風を送って――いや、調子に乗ったら吹っ飛ばしちゃうしな。止めておこう。


 っていうか、この十年間で俺が家から出たのは今日が初めてだし、なんで知ってるんだこの子は?


「時に。貴方、結婚相手を探しているんですわよね?」

「いやいやいや。それ話したの昨日なんだが。何で知ってるんだ?」

「フフッ。それは私がアロガンチネント公爵令嬢だからですわ!」

「いや、理由になって無いんだが……」


 あれ?

 もしかして俺、ほんのりストーカーされてた?


 でも、ストーカーされるようなことは、俺は何もしていな――いや、してたわ。

 めっちゃ恨み、買ってたわ。


「恨みを晴らしにきたんだな? あの時は、本当に悪かった。申し訳ない」


 俺は、頭を下げた。

 すご~く、すご~くゆっくりと。

 おかげで、ちょっと強風が吹いた程度で済んだ。


 当時、まだ前世の記憶を思い出しておらず、〝木登り〟に取りつかれていた俺は、〝彼女の身体〟も登ってしまい、「きゃああああ! へんたい!」「ぐはっ!」と怒った彼女が俺にアッパーカットを御見舞いして、俺は吹っ飛んだのだ(かなりの衝撃だったが、落下したのがソファの上で、頭部へのダメージは無かったため、前世を思い出しはしなかったのだろう)。


「べ、別に良いですわよ。まだ幼かったですし」


 「でも……」と、ロロシィスは頬を赤らめながら言葉を継いだ。


「生まれて初めて、殿方に、む、胸を触られてしまって……責任を取ってもらいに来たのですわ。正直顔はタイプじゃないけど、でも、我慢してあげますわ」


 顔はタイプじゃないとか失礼だなおい。


「……って、え? 今、責任を取ってもらいに来たって言った?」

「言いましたわ」

「……もしかして、それって……結婚のこと?」

「そうですわ。この美の女神アフロディーテも裸足で逃げ出す程の美貌を持つ私が、結婚してあげても良いと言っているのですわ! 貴方のようなパッとしない見た目の殿方と! 這い蹲って感涙に咽ぶが良いですわ!」

「……えっと、ごめん……」

「そうですわよね! 魔法の才能に優れ、誰よりも美しく、しかも公爵令嬢である私に求婚されたら、誰でも二つ返事で快諾するに決まって――え? 今、なんて言いましたの?」

「……その、ごめん、って……」

「……はああああああああああああああああああ!?」


 路地裏に響き渡るロロシィスの叫び声。


「な、何でですの!? 何でですの!? 何でですのおおおおおおお!?」

「いや、そりゃロロシィスは綺麗だとは思うけど」

「そうですわよね!? 可愛いですわよね!? 美しいですわよね!? 綺麗ですわよね!?」

「お、おう。でも、それと結婚はまた別の問題だと思うんだよ。何と言うか……失礼で本当に申し訳無いんだが……ビビッと来ない、と言うか……」

「……ビビッと……来……な……い……?」


 膝をつき、愕然とするロロシィス。

 目から光が失われている。


「だ、大丈夫か、ロロシィス?」


 ゆ~っくりと俺が近寄ろうとすると。


「あああああああああああああああああああああああ!」

「!?」


 突然髪を掻きむしった彼女は、バッと立ち上がり、御叫びを上げた。


「こうなったら……殺して差し上げますわ!」

「! いや、それは勘弁して欲し――」

「清らかな乙女の胸を揉みしだいておいて! 責任は取らない!? 結婚しない!? しかも、この才色兼備な私の求婚を拒絶するですって!?」

「いや、本当に悪かったと思っている。本当に申し訳ない。そ、そうだ! 俺、来週〝剣魔闘大会〟に出場するんだ。そこで優勝して賞金を貰うからさ。家の修繕費用に使うから、全部は無理だけど、その一部を、慰謝料として払うってのは――」

「じゃあ、私も〝剣魔闘大会〟に参加して、そこでぶっ殺して差し上げますわ!」

「は!? いやいやいやいや! 何でそうなる――」

「首を洗って待っておくのですわ! オーホッホッホッホ~!」


 ロロシィスは扇子でバサバサ扇ぎながら、高笑いと共に立ち去ってしまった。


「うーん……金を稼がないといけないから、出場しないという選択肢は無いし……でもまぁ、トーナメント方式の大会だしな。きっと猛者揃いだろうし、俺と対戦する前に、他の誰かと戦って負けるだろう」


 俺は、何とか自分にそう言い聞かせた。


※―※―※


 翌日。

 

 俺が、昨日と同じ路地裏で、また休憩しようとすると。


「プギィ!」

「だ、誰か! た、助けて!」

「!」


 奥の方で、幼女が座り込んで助けを求めていた。


 見ると、どうやって街中に侵入したのか、豚の頭部を持つ巨漢のモンスターであるオークが棍棒を手にして、涎を垂らしながら幼女に近付いていく。


 こういう時のための俺の力だ。

 指向性を持たせた上でちょっと速めに歩いて、衝撃波を放とう。


 俺がそう思って、一歩目を踏み出そうとした時。


「待ちなさい! そこのオーク!」

「プギィ!?」


 俺がいるのとは逆側、T字路から、茶色でウェーブが掛かったロングヘアの美少女が現れた。


 白いワンピースを着た彼女は、きっと幼女のもとに颯爽と駆けつけようとしているのだろうが。


「はぁ、はぁ、はぁ……もう……ちょっと……」

「お、遅い……!」


 凄まじく足が遅かった。


 その隙に、「プギィ!」と、オークが幼女に襲い掛かろうとする。


「ダメ!」


 鋭く叫んだ少女だが。


「あっ」


 自身の右足と左足が絡まってコケて。


「ぶべっ!」


 地面をゴロゴロと勢い良く転がって。


「こ、この子に手出しはさせないわ!」

「プギィ!?」


 敵の眼前でよろよろと立ち上がった少女は、大量に鼻血を出しながらも、両手を広げて幼女を庇う。


 よく見ると、その足は恐怖で震えており、頑張って無理矢理張り上げた声からも、彼女が怯えているのが感じ取れる。


 恐怖で目に浮かべた涙を、だが決して零しはしない。


 〝助けられる力があるかどうか〟なんて、問題じゃない。

 ただ〝助けたい〟と思うから、彼女は助けるんだ。


 その高潔な姿を見た俺は。

 

 ドクン


 心臓が高鳴るのを感じた。


「プギプギプギプギィ!」


 〝邪魔するなら、まずはお前からだ!〟と言わんばかりに、オークが棍棒を振り上げた瞬間。


「ギャアアアアアアア!」

「!?」


 俺が少し速めに歩くと、音速を超えたことで衝撃波が発生、指向性を持たせたそれは、オークだけを空の彼方へと吹っ飛ばした。


「た、助けて頂いて、ありがとうございました!」


 俺の方を向き、ペコリと頭を下げる少女に対して、俺は、出来るだけゆ~っくりと歩いて近付いていく。


「名前を聞いても良いかな?」

「私ですか? 私はレイティ・フォン・ベネヴァノーブル――ではなくて、今となってはもう、ただのレイティです……」

「俺は、スピッド・フォン・ローズマイルズだ」

「え? ローズマイルズって、公爵家さまの――」

「レイティ」


 俺は、その名を生まれて初めて呼ぶと。


「俺と結婚して下さい」

「!?」


 片膝をつき、彼女に対して手を差し出した。

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