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16.「決戦」

「その声……女神か!?」

「如何にも」


 警戒して一旦距離を取った俺に続いて、「え? どういうことですの!?」「何が起こってるっすか?」と困惑するロロシィスとリリレもまた、レイティ――の身体を乗っ取った女神から離れる。


「俺を転生させた女神が、レイティの身体を乗っ取ったらしい。ちなみに、前世で、俺を事故に見せ掛けて殺したのはコイツだ」

「! 極悪人じゃないですの!」

「女神の風上にも置けないっすね!」


 冷酷な双眸で黙って俺を見据える女神に、俺は叫ぶ。


「レイティを元に戻せ!」

「嫌じゃ」

「!」

「それはそうじゃろうて。至高の存在である妾の求愛を拒否したのじゃ。この程度の罰は当然じゃ」

「ふざけるな!」


 女神は、「妾は大真面目じゃがのう」と言いながら、足を一歩踏み出すと。


「ぶげっ」


 コケた。


「痛いのう……人間の身体は扱い辛くてかなわんのじゃ」


 痛い? 痛覚があるのか? それとも、レイティと共有しているのか?


「ふむ。そうじゃのう。では、少々遊んでやるとするかのう」


 女神が無造作に手を翳す。


「『ファイアブレイド』」

「「「!」」」


 一瞬で荒野が夥しい数の炎剣で埋め尽くされたかと思うと。


「どれだけ持つかのう?」

「来るぞ!」


 俺たちに向かって一斉に飛んできた。


「はああああああ!」

「『アイシクルレイン』!」

「『マルティプルサンダー』!」


 俺は足を速く動かすことによって生み出した衝撃波で、ロロシィスは無数の氷柱で、リリレは複数の雷撃で、星の数程の炎剣を迎撃していく。


「くっ! 数が多過ぎ――」

「『ウィンドスピア』」

「「「!」」」


 炎剣だけでもギリギリなのに、そこに幾多の風槍が加わる。


「と、とてもじゃないけど、捌ききれませんわ!」

「ヤ、ヤバいっすよこれ!」


 くそっ!

 このままじゃ全滅する!

 一体どうすれば!?


「スピッドさま!」

「!」


 レイティの表情と声に、俺は目を見張る。


「レイティ! 戻ったのか!」

「残念じゃが、それはないのう」

「!」


 一瞬で表情と声がまた女神に切り替わる。


「喋ることは出来ますが、身体は動かせません」

「ということじゃ。夫が殺されそうになり、押し込められていた意識を執念で表層まで浮上させたようじゃがのう。あくまで、身体の主導権は妾にあるのじゃ。例えば、コヤツを――この身体に致命傷を与えて、殺すことも容易に出来るのじゃ」

「やめろ!」


 何とか女神の猛攻を凌ぎながら悲痛な叫び声を上げる俺を見て、女神は目を細める。


「この女を殺されたくなければ、其方が自殺するのじゃ、スピッドよ」

「!」

「丁度剣を持っている者がおるじゃろうが」

 

 女神がリリレに目を向ける。


「……俺が自殺すれば、必ずレイティを解放すると、約束しろ」

「スピッドさま!?」

「ああ、約束してやるのじゃ。妾は女神じゃからのう。約束は違えぬ」


 俺は覚悟を決めた。

 女神の狙いは俺だ。


 俺が死ねば、満足だろう。

 それでレイティが助かるなら。


「リリレ、剣を貸してくれ」


 俺が、必死に女神の攻撃を防ぎつつ、リリレに手を差し出すと。


「スピッドさま! そんなことする必要はありません!」


 レイティが叫んだ。


 本当に優しい女性だ。

 お前と出会えて、俺は幸せだったよ、レイティ。


「良いんだ。俺はお前が幸せなら、それで――」

「ドーンと、全力で私の方に来て下さい!」

「………………へ?」


 突然、意味が分からないことを言い始めた彼女に、俺は言葉を失う。


 ドーンて。

 お前は俺の父親とラトバスか!


「だって私、さっき転んじゃいましたから!」

「いやいやいや、転んだて。一体何の話を――あ」


 レイティが言わんとすることが、やっと理解出来た。


「分かった」


 俺は聖剣は借りずに、代わりに、高速で荒野を走り始めた。


「何やっとるんじゃ其方は? 自殺しろと言っておるじゃろうが!」


 苛立つ女神に対して、「そのための準備運動だ。ちょっと待ってろ」と言い放った俺は、共に戦う二人の仲間に声を掛ける。


「ロロシィス! リリレ! 走りたいんだ! 真っ直ぐな道を――スペースを確保してくれ!」

「はぁ!? この状況で!? 無茶言いますわ! 本当にもう、仕方ないですわね!」

「無茶振りなら、勇者の仕事で慣れてるっすよ! 任せるっす!」


 ロロシィスとリリレが、炎剣と風槍を最低限迎撃しつつも、一方向へと氷柱と雷撃を集中させて、真っ直ぐな道を確保する。


「ありがとう! はああああああ!」


 俺は、荒野の端から端まで、一瞬で駆け抜けて、また戻ってくる、ということを繰り返す。


「遊んどらんでさっさと自殺するのじゃ! ……って、え? 何なんじゃその速度は!? 速過ぎじゃろ!」

「はああああああ!」


 雷の速度を超えて、雷の速度の二倍に到達。


「はああああああ!」


 更には雷の速度の三倍――つまり、光の速度へ近付いていく。


「よし。そろそろ良いな」


 俺は、レイティに向かって呼び掛ける。


「じゃあ、行くぞ!」

「はい、来て下さい!」


 俺は、屈んで両手を地面につけて、クラウチングスタートの姿勢を取る。


「行く? 来て下さい? まさか……さっきのあのスピードでこの身体に突っ込んでくる気ではあるまいのう? そんなの、ただの人間であるこの女子の身体で耐えられる訳がないのじゃ!」


 俺が真っ直ぐに見据えると、女神が青褪める。


「はああああああ!」


 俺が全力で地面を蹴り、スタートすると。


「じょ、冗談じゃ無いのじゃ! そんな〝痛み〟を食らってたまるものか!」


 レイティにぶつかる直前に、彼女の身体から、黒い靄の形状の女神は出ていった。


 が、当然、光の速さで進む俺は、止まれるはずもなく、そのままレイティにぶつかる。


「アーハッハッハ~! 阿呆じゃ! 何と愚かな男じゃ! 最愛の女子に光速でぶつかり、自らの手で殺してしまうとは! 愚の骨頂じゃ! アーハッハッハ~!」


 哄笑を上げる女神だったが。


「――ハッハッハ……はぁ!?」


 レイティは無事だった。勿論俺もだ。


「やっぱりレイティの抱擁は最高だな」

「くすっ。良かったです」


 「な、何故じゃ!?」と声を荒らげる女神に、レイティから身体を離しながら、俺は教えてやる。


「レイティの固有スキル〝抱擁〟のレベルは、999なんだよ!」

「!」

「世界で唯一、全速力の俺を受け止めることが出来る人間。それがレイティだ!」


 「ぐぬぬぬ……」と悔しがる女神を、俺は逃すつもりはなかった。


「リリレ! 聖剣を!」

「分かったっす!」


 手を差し出した俺に、リリレが聖剣を投げる。

 クルクルと回転するそれをキャッチした俺は、空中に浮遊する女神に向かって光速で走り、跳躍する。


「無駄じゃ。妾のこの身体は、〝並の武器〟や〝並の攻撃方法〟では、ダメージを与えることは疎か、触れることすら出来な――ぎゃああああああッ!?」


 黒い靄の形状の女神を、聖剣を斜めに持った俺が貫く。


「〝並の武器〟でも〝並の攻撃方法〟でもない。〝世界最強の聖剣〟を〝光の速度でぶち当てる〟という、他の誰にも出来ない攻撃方法だ!」


 俺が着地すると、女神は苦し気に呻いた。


「まさか、この……妾……が……」


 黒い靄は消滅した。

 と同時に、数多の炎剣と風槍が全て消える。


「やった!」

「やりましたわね!」

「流石自分の聖剣っす!」

「ああ。みんな、ありがとう」


 俺が笑みを浮かべ、レイティの方を向くと。


『な~んてね。妾がこの程度で死ぬと思ったのかのう?』

「!?」


 どこからともなく、女神の声が聞こえて。


『それともう一つ。プレゼントを〝中に〟残しておいてやったのじゃ』


 女神がそう告げた直後。


「がはっ!?」

「!?」


 レイティの胴体に大きな穴が開き、俺は思わず聖剣を落とす。


「レイティ! レイティ! しっかりしろ!」


 大量に出血、吐血し、倒れた彼女に駆け寄り、抱き抱えながら、俺は必死に呼び掛けるが。


「……スピッド……さま……こんな……ことに……なっ……ちゃっ……て……ごめん……な……さ……い……」

「!」


 レイティの瞳から、光が失われて。


『妾からのプレゼント、楽しんでもらえたかのう? アーハッハッハ~!』

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 レイティは、死んだ。

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