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13.「三千の敵軍を、戦わずに退ける方法」

 うちの領土は、ヘイズブルーム王国の西端に位置する。

 そのため、ヴァウスグリア帝国と国境を接しているのだ。


 国境には丁度山脈があり、その切れ目――谷に砦があるのだが、監視役の兵士たちから、通信魔導具で、ヴァウスグリア帝国が進軍してきたと、連絡があったのだ。


 砦には少数の兵しかおらず、正直防衛は難しい。


 だから、こちらとしては、砦を突破されたら、私兵団をこの街から派兵して、砦と街の間の荒野で戦って食い止める、という形で防衛することとなる。


「数は?」

「約三千です! 弓矢部隊、魔法師団、騎士団が、各千名とのことです!」


 父の問いに、兵士が答える。


「私兵団に、出陣準備をさせます」

「うむ、頼んだ」


 控えていた執事長兼私兵団団長のラトバスは、当然父にそう告げるが。


 あれ?

 もしかしてこれって、金を稼ぐチャンスなのでは?


「待って下さい、父上。私兵団はまだスピード特化の訓練を始めたばかりです」

「分かっておる。しかし、いかなる状況であろうが、敵から領土を守る。それが私兵団の使命なのだ」


 父の言うことは正論だ。

 が、俺は自分が稽古をつけた私兵団の、誰にも死んで欲しくない。


 それに、これは俺にとってもチャンスなんだ。


「父上。もしも、弓矢部隊、魔法師団、騎士団の三つの部隊の内、二つが無力化されたら、相手はどうすると思いますか?」

「そりゃ勿論、一旦退却するだろう。立て直してからまたやってくるかもしれないが、しばらく時間は稼げるかもしれん」

「では、俺が行って、二つの部隊を無力化してきます!」

「! 本気か? 貴様の実力は知っているが、しかし……相手は三千だぞ? そんな戦場に、貴様一人を行かせる訳には……」

「大丈夫です! 俺は決して、敵軍に〝接近しません〟。そして、〝怪我一つ負わずに〟戻って来ます」


 父は、顎に手を当ててしばらく考えた後。


「……分かった。貴様に任せるぞ、スピッド!」

「ありがとうございます!」

「ただし、現在距離を取りながら監視を続けている兵士たちと合流すること、そして、監視が戦場の状況を逐一こちらに報告すること。この二点が条件だ」

「勿論大丈夫です! ありがとうございます!」


 比較的軽いレザーアーマーと剣、そしていくつかの魔導具(公爵家の財力に物を言わせて買ったらしい)を父から借りた俺は、「では、行ってきます!」と、戦場へと向かった。


※―※―※


 十秒後。


「はい、到着」

「はやっ!」

「ぼ、坊ちゃま!?」


 監視の兵士たち五名が目を丸くする。

 俺は街の西側にある、砦と街の間の荒野に辿り着いた。


 西の方向――二百メートルちょっと離れた場所には、敵軍が見える。

 騎士団は馬に乗っているけど、弓矢部隊と魔法師団は徒歩だ。


 騎士団が先行すれば騎士団だけはもっと早くこちらに来れるだろうけど、そうすると戦力が分散してしまうため、それを避けようとして進軍スピードが遅くなっている。


「話は聞いてる?」

「はい! でも、本当にお一人で戦われるのですか?」

「せめて、俺たちも一緒に!」

「気持ちは嬉しいけど、任せておいて! 戦闘以外で、色々と手助けもしてもらうつもりだから、宜しく!」

「……分かりました」


 俺は、抜剣すると、「そんじゃ、行きますか」と、走り始めた。


 それを見た監視の兵士たちが、驚愕の声を上げる。


「ぼ、坊ちゃま!?」

「魔法を使うことが出来たのですか!?」

「ううん、出来ないよ」

「でも、〝大勢の坊ちゃま〟がいるようにしか見えないのですが?」


 俺がやってるのは、ごく単純なことだ。


 一ヶ所に少しだけ長くとどまった後、ちょっと離れた場所に高速で移動、そこでも少しだけ長くとどまった後、またちょっと離れた場所に高速で移動、ということを千回繰り返して、また最初の位置に戻る、ということを、〝一秒間〟に〝数回〟行っているだけだ。


 その結果、周囲からは、俺が千人いるように見える、という訳だ。


「どうやら上手くいったようだ」


 敵の進軍がピタリと止まった。

 〝相手の軍隊がやってきた〟と認識してくれたらしい。


 千人全員が同じ顔をしているのは正直微妙なところだが、二百メートル離れていれば、まぁ何とか誤魔化せるだろう。プレートアーマーの兜を借りて顔を隠そうかとも思ったけど、レザーアーマーと組み合わせるとちぐはぐな感じになっちゃうから、止めたんだよね。


「弓矢部隊、前へ!」


 相手の指揮官の声が遠くから聞こえる。

 馬に乗りフルプレートアーマーに身を包んだ巨漢、恐らくあれだろう。

 

「放て!」


 思った通り、まずは遠距離攻撃するよね。

 そりゃ、騎士団で叩く前に、出来るだけこっちの人数を減らしておきたいだろうし。


 天から降り注ぐ千本の矢を、俺は。


「まいどあり~」

「「「「「!?」」」」」


 軽く避けると、千人の俺――つまり、〝千ヶ所〟でそれぞれ手でキャッチして、父から借りた魔導具の一つである、〝収納袋〟に入れた。


 これは、亜空間へと繋がっている袋形の魔導具で、大量の物をしまっておけるのだ。


 俺が今回〝稼ぐチャンス〟だと思ったのは、矢を大量に獲得して売りさばくことが出来ると踏んだからだった。


「放て!」


 流石は指揮官を任されるだけの人物なだけある。

 相手の千の兵が誰一人として怪我を負っていないのに、全く動揺していない。


 でも、それもいつまで続くかな?


「いらっしゃ~い」

「「「「「!?」」」」」


 俺は再び、千本の矢を得た。


 その後も、何度も同じことが繰り返されて。


「は、放て!」


 指揮官の声に、ほんの少しだけ動揺が見え始めたと思ったら、矢での攻撃が止んだ。


「無くなったか。まずは第一段階、クリアだな」


 俺は高速で移動を続けながら、呟く。


「魔法師団、前へ!」


 来たな、第二段階。

 

「撃て!」


 指揮官の叫び声に呼応して、千の魔法が降ってくる。


 火炎・氷柱・水剣・雷槍・岩剣の五種類の魔法が。


 個々で十分な殺傷能力を持った五種類の殺戮弾が、俺に届くと。


「ウェルカ~ム」

「「「「「!?」」」」」


 全て〝消えた〟。


「魔導具、様々だな」


 俺が父から借りたもう一種類の魔導具は、〝魔法を無効化する指輪〟の〝五種類セット〟だ。


 火・氷・水・雷・岩の五種類の魔法をそれぞれ無効化する指輪を、俺は右手の五指に嵌めてあり、飛んできた魔法に対して翳すだけで、対象を消滅させてくれる。


「それにしても、雷撃じゃなくて良かった~」

 

 雷槍なので、スピードは他の四種類の魔法と変わらないのが救いだ。

 一つだけ滅茶苦茶スピードが速いと、千人の振りをしながら避けるのが一気に難しくなるからな。


「う、撃て!」


 お、流石に今回は動揺するのが早いな。


「おいでやす~」

「「「「「!?」」」」」


 そんなことを幾度も繰り返していると。


「あ、退却していく。魔力切れか」


 魔法師団の魔力が切れたらしくて、敵軍はあっさり退却していった。


「ぼ、坊ちゃまが勝った!」

「一歩も近寄らせずに!」

「信じられない!」

「凄過ぎる!」

「「「「「うおおおおおおお!」」」」」


 監視の兵たちが勝利の雄叫びを上げる。


「ま、こんな感じかな」


 うちの領地に暮らす人々を守れて良かった。


※―※―※


「おおおお! 本当にたった一人で追い返してしまうとは! よくやった! 本当に、本当によくやってくれた!」


 父が感極まり、俺をハグする。


「父上からお借りした魔導具のおかげですよ。ありがとうございました」

「何を言う! 収納袋一つに、魔法無効化指輪も、一種類ずつ、合計五個だけ。たったそれだけで、三千の敵軍と単独で交戦して退かせるなど、そんな芸当、世界中を探しても貴様しか出来んわ!」


 見ると、ティピィとラトバスも、「すごいです、坊ちゃま!」「坊ちゃま、私は坊ちゃまのことを、誇りに思います」と、片や興奮で手をブンブン回し、片や胸に手を当て、深く頭を下げる。


「スピッドさま、流石ですね! やっぱり、スピッドさまは凄くて、格好良くて、素敵です!」

「ありがとう、レイティ」


 目を細める彼女に、俺も笑みを返した。


 ちなみに、矢を売って得た利益は、父に受け取ってもらえなかった。

 

 またもや押し問答をしたのだが、今回は父に軍配が上がった。


「我が領土をたった一人で守ったのだ。本来ならば、謝礼を渡さねばならんところだ。それは報奨金として受け取ってくれ。と言っても、貴様が獲得して貴様が売却したものだがな」

「……分かりました。ありがたく頂戴いたします」


 うーん、父さんのためにと思ってやったんだけどな。

 まぁ良いか。ありがたく受け取っておこう。 


※―※―※


 その後、一ヶ月の間、私兵団の訓練を続けた。


 最初は二倍の重力すらも苦労していた彼らだが、三倍、五倍、十倍と慣れていった。

 その結果、一ヶ月後には、百倍もの過重力でも、走り、筋トレをすることが出来るようになっていた。


 三年掛かった俺と違って、たった一ヶ月だなんて!

 全然最弱なんかじゃない! 彼らは、才能溢れるすごい人たちだ!


※―※―※


 一ヶ月と三日後。


「再び、ヴァウスグリア帝国が進軍してきました! その数、六千!」


 訓練を経て新しく生まれ変わった私兵団の初陣が、やってきた。

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